僕の父親は

とても厳しく、「食事は皆で一緒に食べるものだ」とよく言っていました。

その言いつけを破ると、父は思いっきり殴ります。

僕は3男でしかも2人の上の兄貴とは歳も離れている事もあり、ほぼ一人っ子で

兄貴からは「お前はまだましだ」と言うので、兄貴はもっと殴られたみたいです。

そんな父親が脳梗塞になって入院しましたが、本人の努力もあってか、結構早々と

退院して、仕事にも割と早く復帰していきました。

ただ、私の父は、暴君なので仕事場でも、さぞ嫌われているのだろうなぁ・・・と思っていました。

ところが!父が入院した後、仕事場の部下は勿論、同僚も上司も一丸となって父が抜けた

穴を塞ぐために、頑張っていたという話を、聞きました。

何故?あんな暴君のために?

これは、後から聞いた話ですが、入院していた時によく言っていた、うわ言と言うか寝言と言うかよくこんなことを言っていたんだそうです。

「どうしたら、皆がついてきてるれるのか?」
「会議を開かないとチームがまとまらない・・」
「奴は今、すごく悩んでいるんだ」

仕事の事ばかりだったそうです。

うわ言で、言うくらいだからさぞ、職場の人たちを大切にしていたのでしょうね。

近くの身内よりも職場の仲間や部下か・・・

そんな事を考えると、「父らしいな」と思わず、笑ってしまいます。

仏のようだったのは、職場だけではないようで、

業者さんからも「ああ!あの仏のごっさん!」と言われていたみたいです。

仕事には復帰できたものの、通院時に検査したMRI画像だったかCTだったかの画像を

みて、なぜ仕事ができる?いや、なぜ生きていられる?

と首をかしげていました。

こんな話を聞くと早々と仕事に復帰できた理由もわかるし、結局、 色んな力に

支えられていたんだなと。

そんな父も、少しずつ体が弱っていき、生命維持装置で何とか心臓が動いている

状態になりました。意識は無く植物状態でも耳は聞こえるので、毎日来て話しかけてください。

と先生が言ったその日から、毎日病院通いをしました。

そんな日々が1か月くらい続いて、僕の誕生日の翌日。8月20日に

いつもの通り、お見舞いに行って、テキトーな事を一方的に話して

それじゃー今日は帰るねっと挨拶してエレベーターホールでエレベータ待ってたら

看護士さんが来て「お父さんの状態が急変しましたので家族を呼んでください」といわれ

2時間後に家族が大集合。

俺が帰るねって言った後、急変するなんて、これもまた父らしいと、またまた

笑ってしまった。

家族がそろって、父も息を引き取り、いよいよ出直しです。

この後は、慌ただしく、葬儀に手続だのと色々あって、葬式の時には

またまたびっくり!!

父の元職場の方々が大集団で父をお悔やみに来ていただけました。

定年退職して10年以上たってるのに・・・

人間の価値は死んだときにわかると言いますが

僕は父に「あんた、半端なないわ」とまたまた笑ってしまいました。

最後の最後で大きなハードル残して行ってくれました。

子供は父親を超えていく・・・

と言うけど、俺には無理かな(^^;


と!秋の夜長に父の事を思い出し、またまたまた、笑ってしまったのでした。








ごめん!最近、お墓参り行ってないわ。