表紙︰今田江未(イマダエミ)
ある日の夜。
ユズキは飲食店でバイトを始めたらしく、今日は不在。「まかない全部もらってくるんで期待してくださいね」と意気込んでいたが。
さあバイトの身分でそこまで譲渡してくれるのだろうか。
私はリビングで母と夜ご飯を食べている。
「最近、どう?」
母、今田エミからの一言。
『しっかり、楽しめてるよ?』
「…」
『…(え、楽しんでたらイヤなのかな、お母さん)』
「あんた…」
『…(なんか地雷踏んだのかな、私)』
「良かったわね!」
『え!?あ!うん!良かった!』
「まぁ、私が高校生の頃は…」
『頃は…何?』
「ヤンキー、やってたわね…」
『例えば?』
「タバコ吸ったり、盗んだバイクで走り出したり」
『だいぶやんちゃしてるね…』
「交番に迷子の子届けたり」
『あ、ちゃんと善も積んでる』
「カツアゲしたり…」
『善悪のバランス取ろうとしてる?』
「カナは、してないのかあ…残念」
『当たり前でしょ、そんな波乱万丈すぎる人生送れないよ』
「当たり前、ねぇ…。ジュネレーションギャップを、実感するわ」
お酒が入ったジョッキの中の氷を、カラカラさせながら母は言う。
いつの時代で未成年喫煙、窃盗が合法だったのか。
「あと、最近、やけに肌寒いわ。クーラーつけてないのに」
『多分私のせい』
「あんた、また…」
『憑れてきた』
「まぁ、いいわ。あんたが、楽しめてるなら」
『おかげさまで』
「…私の愚痴タイムになるけど、いい?」
『いいよ、溜まってるんでしょ?』
2時間経過。
「上司がさぁ…ったくよぉ」
「あの人「パワハラ」とか「セクハラ」とかそういう単語まだ知らないでしょ?絶対」
「社会は変わりつつあるのに」
「クソが!!!」
「ぶち殺してやる!!!」
今日はまだ優しめかな。
結構前に、
大声で机叩き割ったときに『あ、この人ストレス溜め過ぎちゃだめな人なんだ』って思ったのを今でも鮮明に覚えてる。
「ちょ…カナ…ハグ。私の怒りのボルテージが留まることを知らないわ」
『えぇ…いいけど』
むぎゅ、と強く抱きしめられる。
母に熱い抱擁を交わされるのは、
もう何年ぶりだろうか。
「お風呂、入ろ」
『…いいよ』
「二人で入るなんて、何年ぶりだ?」
母は私に問いかける。本当に、年単位で入ってない。
「カナ…」
湯船に浸かりながら、体を洗っている私を見る母。
「胸…小さい」
そう来ると思ったぜ。
カウンター!
『お母さんに似たんだね』
「んだとぉ!?誰が貧乳じゃあああ!」
母が湯船で暴れ出す。何歳児ですか、私の母は。
『ちょ!湯船のお湯少なくなる!』
「た…確かに!」
実の母親に言うのもどうかと思うが…
バカだ。
『いい…湯…』
「カナはさ、好きな人とかいるの?」
『いるよ?いっぱい』
「ビッチ…」
『いやそういう意味じゃなくて!好きな友達がいっぱいいるってこと!』
「じゃ、好きな異性は?」
『いない…かな?お母さんは、作る気ないの?』
「もう、年だしさ?無理に作ったところで…カナがいてほしいなら、また…。またって言い方は、あれだけど…作るけどね」
『そっか…』
「今から作るとて、何年かはかかるかもだけどね」
『私は、お母さんとふたりきりで過ごすほうが、いいかなって思う』
「…そう」
湯船のお湯を手ですくう。
透明なようで、
少し白いようで、
透き通っているようで、
濁っているようで…
「私が老後にボケても見てね?」
『免許返納しなかったらひっぱたくね』
「ひえぇ…怖い娘を産んだものだわ」
『いつまでも、看るから』
「親子って、こんなに、素敵なものなのね」
たまには、ふたりきり。
私達は、久方ぶりに同じベッドで寝た。
互いに、手を掴んだ。
親子愛を、確かめながら。