真綿で首を絞めつけられるような、穏やかな一日。今日も母は愚痴を言いながらも労働に従事し、日焼けで真っ黒こげな弟は私とは正反対の充実した学生活を過ごしているらしい。我が家の日常は今日も変わることがなく一日を終える。いつかその日が終わるまで、こんな平穏が続いていくのだろう、と悲観的にみる。いつか終わる平和な日々に身を構えて今日も疲弊する。
平和な一日は私の病状をさもなかったかのように包み隠そうとしてくる。辛いことがあったんだろうけど、それでも前に進もうよと諭されているような気分。それがもっとも私を更生させる諭しであることはわかっている。結局、だれかの助けを茫然と待ち続けるでくの坊のままでは、私が救われることはない。だからこそ自分の手足で立ち上がって、前に進まなければいけないこともわかってる。だけど不可能
この苦痛こそが私の最後の砦だから。この苦しみによって無碍にされた歳月や感情、青春や夢、そういったありえたかもしれない私の未来の欠片たちが泣いている。生まれてこれなかったことに泣いている。だから私には、何年間も苦しめられてきた陰鬱な過去がある以上、その苦痛から目を背けて前に進むことができない。何のために苦しんできたんだ。何のために、と意義を探る
その苦痛はあまりにも私の行動示準や信条に根付いてしまっている。苦痛に苛まれ続けてしまった結果、逆に苦痛を手放せなくなってしまったので、結局、私は日々の陰鬱に悲鳴を上げながらもその陰鬱を愛して、手放したくないと泥沼に身を投じる。それさえあればもういいと
ちゃりんこがパンクして、久しぶりに最寄り駅の街並みを歩くことになった。サークルの仕事でデータ用のDVDを購入しなければいけなくなったため、責任を果たすためのやむをえない外出である。夕方の景色、新しくできた画材店、変わらないラーメン屋さん、すれ違う人々、親子、ご老公、自転車を漕ぐ学生、それぞれの顔ぶれからそれぞれの歩んできたのかもしれない人生を想像しながら歩く。
ゆるやかな日常が私から苦痛を奪う。忘れたいのに、忘れると辛いから、忘れることができず、苦しいのにその苦しみを愛し、逃れる手段もなく、ただ苦しみから仄かに香る過去の匂いを鼻で探りながら、今日も絶望に感謝して眠る。そして明日も