二月下旬~三月上旬までの私はとにかく、ドーパミンに毒されていた生活を送っていた。四六時中眠い状態が続き、その眠気に抵抗せずにただ眠る。飲まないようにしていた清涼飲料も明日からはと惰性で飲む。そしてそれは明後日明々後日と後ろに回されていく。中学生の頃に買ったゲームにひたすらのめりこんだりもしていた。現実を忘れて目の前のゲームのことだけに思考を巡らせながら、朝を迎えたり、夜まで没頭したり。暇にはスマホをみて必要のない情報を脳味噌に垂れ込む。典型的なドーパミン中毒
正気を失っていることもしっているけど、現実の辛さのこともよくしってる。ひたすらに目を逸らして目の前の快楽に溺れる日々は、とても気持ちよくて気持ち悪い。全部忘れるのは気が楽だけど、忘れたまま過ごす歳月は、過ぎるごとに、あの頃の絶望をより醜悪なものにしていく。日付が変わるたびに何もできていない自分に、あの頃の絶望憤怒に向き合わない自分に、怒りやら軽蔑やら諦観やらの感情が募るばかり。しかしそれでも目の前の快楽ですべてを忘れることしかできなくて
20年も生きてると自分の中の規則的なものを嫌でも認識せざるを得ない。何かを成し遂げようとするために立ち上がっても、また何かの要因によってへたりこんでしまう、その繰り返しの螺旋に今日も私は位置している。別に日記を書かなくなった言い訳をしに来たわけじゃない。ただ、また繰り返されてしまったという現実に、停滞に、悲観しているだけだから。