引退ブログのラストを飾られてもらえることになりました、虎太郎です。


他のみんなと違って誇れることばっかではないため、反面教師にしてほしいところが多いですが、このブログで誰かの水泳人生が少しでもより良いものになれば幸いです。




目次
1.水泳人生振り返り
2.メッセージ
3.最後に


1.水泳人生振り返り

みんなと違って大した実績はないので、高校まではサラッと行きます。


水泳を始めたのは4歳のときでした。当時は水に顔つけることもできませんでしたが、いつのまにか四泳法習得。みんなとは違い選手コースではなかったですが、中学までは週2でたらたら続けていて、本格的に競泳を始めたのは高校からでした。


高一までS1はBaだったんですが、練習してるうちにFrのロングが得意になってきたので、「1500に出た方が確実に県大会行けるんじゃね?」ってことで高一の冬からロングに転向しました。


しかしここからコロナ禍に突入。僕はクラブ組ではなく学校練組だったので、冬は外部プールで練習してましたが、学校の方針で外部施設が使えなくなり、外プールが使える季節になるまで全く泳げませんでした。


高二の春頃、プールで泳げるようになってからはひたすら距離だけ泳ぎまくって、コロナ後2回目の大会で
400Fr 4:32.30
1500Fr 18:11.65
という結果でした。どちらも大学ベストより速いです😇


そこから大した伸びはなく、高三の県大会で
1500Fr 18:11.56
と、0.09だけベスト更新して引退しました。


大学でも水泳を続けることにした理由は、仲間と共に水泳に熱中できるのは大学がラストチャンスだと考えたからです。あとは屋内プールと飛び込み台があったのも決め手です。


大学に入ってからは、いち早く泳ぎ始めて体力を戻したかったので、仙台についてからすぐdmしてなるはやで練習に参加しました。多分まゆの次?最初の練習はリレーだったと思うんですが、はるなさんのFrに対してしょうえいさんがBrでついていってたので、「この人ブレはっっや」ってなってました。


大学水泳の目標は、ひとまず全国公に出場することとしました。全国公に1500はないので、200,400Fr,400IMあたりで狙おうと考えてました。ちなみに、全国公に1500がないのいまだに根に持ってます。仕方ないけど。


1年目の北部は
1500Fr 18:31.29
でした。いち早く練習に参加し始めた甲斐もあってか、結構戻せました。このときやすきさんのタイムが僕の高校の時のベストくらいだったので、「わんちゃん勝てたんじゃね」とか思って悔しがってました。多分1番やすきさんに迫れたのはここだった気もします。


高校までは短水路の試合に出ておらず、宮城県内でやる短水路の試合は泳げばベストみたいな状態だったので、割と勢いに乗っていました。


冬場は少し停滞しましたが、大2の春の県選手権(短水路)では200,400,1500でベスト、100もベスプラ0.02で泳いで勢いを取り戻し、翌週の春四では400IMで全国公団権を切ることができました。ぶっちゃけ全く狙ってなかったので、切ったことを知った時はかなり驚きました。


北部では400,1500ともにベストでしたが、決勝に残れず、全国公の団権も切ることができなかったのでめっちゃ悔しかったです。


結局フリーで団権切れなかったので、全国公は400IMにでました。結果は散々だったけど、後泊も含めてすごく楽しかったです。


シーズンが終わると、もちじゃが幹部代となり、僕はやすきさんから主将を引き継ぎました。




が、ここから一年はまさに暗黒期でした。やめたいと思う日の方が多かったと思います。


夏の勢いのまま行ければよかったのですが、一度結果が出ない時期があると、「俺は主将なのになにやってるんだ」とネガティブになり、ネガティブになるといいタイムが出るわけないので、

結果でない→ネガティブになる→結果でない

の悪循環にハマりました。ありがたいことに、赤じゃさんや同期から僕の情けないところを指摘してもらうこともありましたが、全部ネガティブに捉えてしまい、「俺が主将じゃない方が部のためなんじゃないか」と考えることもありました。まじで水泳が楽しくありませんでした。


でもそこで支えてくれたのがもち男子の存在でした。特に、山形ラーメン旅行の時の酔っ払った三浦が「お前はよくやってる」的なことを言ってくれた時は本当に心が救われました。


そこまでしてもらったのにも関わらず、心の底から水泳も楽しむことができないまま、中途半端な覚悟で3年目の北部を迎えました。


水泳を楽しめずに、主将だからという義務感で練習していたので、そりゃ結果が出るわけありません。情けなすぎて、400Fr予選が終わったあと、プールサイドで泣きました(本当は隠したかったけどマナトの引退ブログでバラされたから書いちゃう)。


その後はなんとか気持ちを入れ替えて、七大戦に挑み、800Frでベストを出すことができました。一年以上ぶりのベストだったので、嬉しすぎて泳ぎ終わった後ガッツポーズしちゃいましたが、陣地の人たちが応えてくれたり、陣地に戻ったらベストおめでとうと言ってもらえたりしたのは本当に嬉しかったです。主将として出場する最後の大会をベストを出して終われたことは良かったです。


その後の北大戦では、東北大が主幹だったので、いろいろ準備させてもらいました。台風の心配もありましたが、無事にできて良かったです。両校の主将は北大戦の準備割と頑張ってるから、みんな行こうね。


主将としての役目を終え、大3の10月から研究室配属がありました。最初のうちは実験も大したことをしていなかったため、ぼちぼち練習に行けてたような気がしますが、研究室生活に染まっていくにつれ、練習からフェードアウトしていきました。


ここから春まではあっという間でした。練習全然行けないし、「このまま適当に試合出て引退しようかな」とも思ってました。でも春四後の練習で、まひろとわたるに「北部1500でるよね?お前ロングじゃん」って言ってもらえて、再度やる気にさせてもらえました。たった1ヶ月ちょっとの準備でタイムが出るわけないですが、その期間だけでも本気でできたことはすごく良かったと思ってます。まひろとわたるありがとう。あと種目決めの時に俺を1500にしてくれた幹部代ありがとう。


北部直後に練習日誌用に書いた北部振り返りをここで供養しときます↓


北部振り返り
1500Fr  20:07.04 (PB + 1:55.48)  6位

びっくりするくらい大穴種目でした。出場者7人って過疎りすぎだろ。でもそのおかげで、4年目にして初めて得点とれました。

しかしタイムとしては、遅すぎて、ん??ってなるレベルでした。最低限20分は割りたかったです。泳いでいる間はいい感じに泳げてるんじゃね?とか思ってましたが、後から動画見返すと全く進んでませんでした。ダウンでもしてんのかってくらい。

ただ、ほとんど泳いでいない状態から、たった1ヶ月でよくこのタイムまで戻せたなとも思います。

北部まではできることをしました。早朝練行ったり、実験すっぽかして泳ぎに行ったり、泳げない日は走ったりしました。北部に向けて1年間頑張ってきたみんなに比べたら大したことないけど。

そして迎えた当日、不思議とワクワクしてました。1500出る日はいつも憂鬱な気分だったんですが、今回だけは違いました。全然練習してないくせに、なぜか自信しかありませんでした。まぁでも、ネガティブになるよりはいいですよね。1500は7割メンタルだと勝手に思ってます。

タイムは散々だったけど、楽しかったし、点も取れたしおっけーです。


あと、みんなの活躍、特にもちじゃの活躍を見れたのも良かったです。大事なところでしっかり結果残すやつ、スタンドを沸かせるやつ、フリーなのにバッタか?ってくらい死んでるやつなど、全てのレースに見どころがあって、応援してて楽しかったです。


あとあと、僕が立って応援しようって言った時に、レースが控えていたり、レース終わりで疲れていたりするにも関わらず、一緒に立ってくれてありがとうございました。熱い応援ができてサイコーでした。



長くなりましたが、1500に出て本当に良かったです。もし50,100とかに出てたら、こんなに熱くなることはなかったと思います。それもまひろとわたるが1500でろって言ってくれたおかげです。ありがとう🙏

↑当時の振り返り終わり


北部前はかなり実験すっぽかして練習していて、七大の前もそれをしていたら実験が進まないので、七大はロングは諦め、50と100に出ることにしました。


50Frは26秒台、100Frは1分を割ることを目標としていたものの、個人では惜しくも叶いませんでした。しかし、MRのFrで、引き継ぎではありますがなんとか1分を割ることができたので、最低限の泳ぎはできたと思います。


でもやっぱり、七大で1番記憶に残っているのはスキンレースです。


亜門も七大後の日誌に書いてくれてましたが、第二ラウンドに残った選手のところにみんなで応援に行くのがどうしてもやりたくて、レース前に亜門に行っていいか聞きに行ってました。


旧帝のスプリンターが集う中、50専門でないのにも関わらず、しっかりと2位通過で第二ラウンドに駒を進めるのは流石としか言えません。あのレースが1番興奮しました。


七大は自分のレースも、応援も、コンパも、後泊も、全部悔いのないようにやり切って引退すると決めていたので、それができて良かったです。







意識してたこと・やってよかったこと

競技面で僕から言えることはあまりありませんが、胸を張って言えることは練習中の声出しでしょうか。高校の時の指導方針で声出しをしっかりするというのがあったので、大学に入ってからもずっと続けてました。


声出しした方が気持ちが入って練習頑張れると言う意味合いもありますが、何よりマネさんが1分前とか5秒前とか言ってくれるのに返事をするのは当然だと思います。マネさんがタイム読んでくれたら手をあげるアレと同じです。引退ブログを読んでいても、返事があって嬉しい的なことが書いてあったので、突き通してやっていて良かったと思いました。部活に入った当初は、返事をしてる人は多くなかった気がしますが、この3年間でかなり増えてくれたようにも感じています。


メインで気合を入れたい時はもちろんですが、アップなどの強度が低い時も、軽くでいいので常に返事ができるといいと思います。





ほかにも、みんなの引退ブログを読んでいて思ったこととして、ベストを出した時におめでとうと言われて嬉しかった、と言うのも多かった気がします。これもかなり意識していました。


学院大の一個上の小松さんが、ベストを出した選手が陣地に帰ってきた時に、祝福ムードで迎えることを積極的にしていて、丸パクリしました。

僕は決勝に残る選手でもなかったし、400Frは朝イチに終わりがちなので、みんなのレースを上から見る機会が多かったです。そのときに、決勝でポイントを取れない代わりにどうしたらチームに貢献できるかを考えて出した結論が、ベストを出したり、健闘した選手を讃えることでした。


もちろん、いちいち意識せずともある程度の声掛けあると思うのですが、少し意識するだけでも祝福ムードを出せるか出せないかは変わってくると思います。


まひろが400IMでベストを出したとき、いっささんに褒められたことが水泳のモチベーションになったと言っていたことからも、ベストや健闘を讃えることはすごく大きな意味を持つと考えています。


声出しと声掛け、やってみてね






2.メッセージ


空じゃさん、南さん
少ししか関わらないかと思いきや、在学中はもちろん、卒業された後もすごくお世話になりました。僕が一年の時に見ていた空じゃさん達のようには全くなれませんでしたが、そのでっかい背中を追いかけるのはとても楽しかったです。


紺じゃさん
3人で幹部代務め果たしたのまじですごいです。たくさん迷惑かけた気がしますが、本当にお世話になりました。



赤じゃさん、ユダジャさん
1番お世話になりました。赤じゃさん達の鋭い指摘がなければ、ここまで成長することはできなかったと思います。


ぶらじゃ
幹部代お疲れ様。もちじゃの代から変えてくれたことは、確かに部のためになったと思います。ラストイヤー悔いの残らないように、やれることをやり切って欲しいです。


しるじゃ
いよいよ幹部代ですね。しるじゃには頼れるエースがいるし、エースを支えれるしっかり者もいます。みんなで協力しあってこの一年大事に過ごしてください。来年の北部は主幹校の意地を見せてくれ。


むぎじゃ
まだ大学に入ったばっかかもしれないけど、一年後には幹部代です。これからどんな部活にしていきたいか、どんな大学水泳にしたいか、今のうちによく考えておくと、後悔のない大学水泳にできるんじゃないかなと思います。




Special Thanks

北大の方々
北大がいる大会は毎回みんなと会うのが楽しみでした。今年の七大戦の主幹ありがとう!みんなのおかげでサイコーの引退試合でした。
とくに四年目のみんなにはお世話になりました。函館に向かってる途中にまなとの引退ブログ読んだときはマジで泣きそうになった。またどこかであえたらいいね。


旧帝の方々
七大戦で仲良くしてくれてありがとうございました。全国公やインカレで見知った名前を応援するの楽しかったです。
あと静岡勢で写真撮れたのも嬉しかったです。声かけたら快く集まってくれたのありがとう!







もち
情けない主将だったと思うけど、最後まで信じて任せてくれてありがとう。みんなが支えてくれたから最後までやり抜けたと思います。
全国公の後泊みんな楽しかったって言ってるの悔しいから、それを超える何かをしたいと勝手に思ってる。くわっすみたくまひろに託すかぁ






3.最後に

これからさき、どうしても「水泳が辛い」だとか、「もうやめたい」と思う時が来るかもしれません。そんなときは、大学でも水泳を続けるとを決めた時のことを思い出してみてください。僕は何度部活が嫌になったかわかりませんが、その度に水泳が好きだから続けていることを思い出して、前向きな気持ちを取り戻すことができました。


また、今後意見のすれ違いでぶつかることがあるかもしれませんが、ぶつかっている相手は「敵」ではなく、志をともにする「仲間」であるということを忘れないでください。互いにリスペクトしつつ歩み合えば、どこかで分かり合えるはずです。(なんか三浦のブログと被ってる気がするけどいいや)これは俺がこれまでできていたかというと全くそうではないと思うけど、これから大事にしていきたいというマインドです。Respect All



3年半、本当にお世話になりました。学友会水泳部に入ってよかったです。


2025/9/16    島津虎太郎