さて、引退ブログも終盤戦ですが、とうとう自分の番が回ってきました。髙桑です。
自分は他の人と比べて語彙力低めでお送りいたしますので、読みにくいところあると思います。また、自己満ましましでお送りいたします。
追記:書き終わって、ぱーーっとみたらなんか長くね??って思ったので、読む人も、暇な時に、ぱーーーっと見てください。
超絶追記: 同日のづかの引退ブログ見たら、あれ、自分のブログ比較的短いんじゃねとか思えてきました。ほっとしてます。
1.これまでの水泳人生
1.1 学友会水泳部に入るまで
自分が水泳を始めたのは、幼稚園の頃でした。理由としては、体が弱くよく体調を崩していたかららしいです。
もちろん、水泳以外にスポーツはやっていませんでした。なのでもちろん水泳以外のスポーツは何もできなかったため、中学、高校と水泳部に所属しました。
自分の中にはいくつかの転機がありましたが、その全ては、先輩によるものでした。自分自身を追い込み、全力で頑張っている先輩がいたから、辛い練習も頑張ろうと思えたし、選手育成コースに入ろうと思ったし、良い結果を報告できるよう頑張ろうとも思えました。また、こういった変わろうと決断した後は、先輩はもちろんのこと、癖が強い同期であったり、the 後輩みたいなめちゃ速な後輩に助けられ、コーチにも恵まれながら、中高6年間の水泳生活を送りました。
今思っても、本当に周りの人に恵まれていたと思います。本当に感謝しかないですね。
しかし、そういった環境があったものの、中学・高校と関東大会に進むことはできませんでした。中学は県大会決勝まで行けたものの、入水でしくじりました。高校ではそもそもの実力が全く足りませんでした。
このように、高校までの水泳人生では、目標は達成できなかったものの、やり切ることが出来たと思っていました。この時は。
なんとか受験を終えて、仙台の地に降り立ったわけですが、この時は、とりあえず週に何回か泳げて年に数回大会出れたらいいかな、もうめっっちゃ辛い練習はしなくていいかな、という考えがあり、医水に入りました。自分が1年の頃は、大会は開催されるようになったものの、部として出場を辞退することがほとんどであり、今年は大会に出れずに終わるのか〜とか思ってました。
しかし、医水の先輩(ノア&ユダーイ含む)に誘われて、10月盛岡で開催されるマスターズ大会に出ることになりました。この大会をきっかけに、どうせ練習するなら、記録出したいな〜と思うようになり、それに加えて10月ぐらいにノアさんが学友会に入ったということもあり、12月に学友会への入部を決めました。
おそらくですが、ユダーイとノアさんがいなかったら学友会に入ってなかったと思います。最初の頃はバケモンみたいな人たちやな〜とか思ってましたが、2人には本当感謝です。盛岡のマスターズで、植田さん、ノアさん、ユダーイと一緒に8継出てなかったら、おそらく200mFr、8継の面白さや楽しさ、奥深さに気付けなかったと思っています。
医水B7代の方々や、ノアさん、ユダーイとの出会いも、一つの転機だと思っています。本当に感謝。
II.学友会に入ってから
12月に入部しましたが、選手登録の関係上、自分が1年の時は大会には出ませんでした。5,6コースの方で波に揉まれながら泳いでいたのを覚えています。とりあえずは、高校までと一緒でFrのスプリントをs1と思って頑張っていましたが、ある日、その概念が崩れ落ちました。
2年の春四で、山形からやってきたひょろっこい、船山とかいうやつに50Frふつーに負けたんですよね。向こうは受験明けですよ??かなり凹みましたが、これを機に、FrのミドルをS1としてやっとこうと思いました。
また、2年の時はもちろんですが、大学水泳を通して、かなり印象に残っているのが、この年のjo予選会でした。やっとの思いで、団権をぎりっぎり0.03秒切ることができ、なんとか全国公の切符を掴むことが出来ました。全国公へ正真正銘のラストチャンスでしたが、本当に嬉しかったことを今でも覚えています。
また、この年の印象に残っているレースが、全国公の8継でした。実力で8継の枠を勝ち取ったというよりかは、先輩に枠を譲ってもらっていたために、迷惑をかけないようにしなければという思いでめっっちゃ緊張していました。レース自体は、隣の人についていこうと必死で、前半56秒台で入り、後半はバテバテ状態でしたが、引き継ぎで2:03台を出せました。自分のタイムにびっくりしたのもそうですが、穏さんより早いタイムで来れたのがめっっっちゃ嬉しかったのを覚えています。
冬場の練習からは、やすきさんの隣で泳がせてもらう機会が多くありました。特にゴールセットでは、どうやったらやすきさんに勝てるかを考えて泳いでました。本当に、自分にとっていい練習ができていたなと感じています。超絶感謝。
3年の頃は、100では結果を残せなかったものの、7大の8継1泳で、生涯ベストである2:02.78で泳ぐことができ、また、全体としてはとんぺー2位の記録を出せたのが、個人的に1番思い出に残ってます。
そして、この年、初めてインカレの舞台を経験しました。この時はもちろん緊張はしましたが、こんな大舞台で泳げるということで、緊張を高揚感が上回っていました。自分は4継と8継の2種目を泳がせていただきましたが、本当にあの舞台で2回も泳げたのは幸せものだと思ってます。
そしてとうとう迎えたラストイヤーですが、簡潔に言いますと、これが最後だというプレッシャーに負けました。
今年の4月半ばから、13週間の実習が始まりました。週4日、8:30〜17:00での実習です。中には、ほぼ立ちっぱなしであったり、鉛のプロテクターを着用しながらの実習もありました。正直、精神的にも肉体的にも疲れた状態で、練習に参加するのは、かなりきつかった記憶があります。
また、ぎりぎり入水に間に合うか間に合わないぐらいの時間にプールに着くのとが多く、平日は、あまりアップをせずに練習に参加することがほとんどでした。かなり、w-upには重きを置いている人間だったので、思うように練習できてないなという考えが何回も頭をよぎりました。
そんな自分ですが、大会の標準を全国公していたので、北部や七帝戦などは、まだ、比較的心に余裕を持って泳げたかなと思います。
そして迎えた、全国公
これまでの経歴から分かるように、自分は大事な大会で結果を残すことができず、関東大会を逃しています。
このような経歴、加えて、2日目の4継を泳いだ時の感覚&タイムの悪さもあり、全国公の2日目の夜に今回も中学、高校の時と同じように、微妙な結果で終わってしまうのではないか、という考えが脳裏をよぎりました。もしかしたら、自分は気づいてないと錯覚しているだけで、ずっと前から、本当は心の奥底で思う部分があったのかも知れません。
それに加えて、今まで以上に練習を積めたかと考えた時に、あまり言い訳にはしたくないのですが、実習があったために、練習を積めたと思うことが出来ませんでした。
3日目の結果としては、全力でベストを出そうと泳いだつもりでしたが、散々なことになってしまいました。
このようにして、ひとまず髙桑の水泳人生は幕を閉じました。
2.自分が意識していたこと、すればよかったなと思うこと
この内容に移る前に、自分がここまで水泳を続けてきた理由をかるーく。
水泳を続けてきた理由としては、部活の人間関係が好きだからとか、部活がなかったら何もやることが無くなってしまうからとか、中高で中途半端に終わってしまったからとか、色々な理由がありますが、1番の理由としては、
『大会でベストを出した時に感じる達成感が堪らなく気持ちいいから』
です。
個人的には、あの達成感は他の場所では得られないものだと思っています。
また、次いで、自分の出したベストで喜んでくれる人がいることも大きかったです。
前にも書いたように、中学・高校と他の人のような輝かしい成績を残せなかった自分です。
そんな、他の人と比べると、経験もない、センスもない、体力もないと言った自分が、よりレベルの高い人に追いつくために、過去の自分を超えるために、意識していたこと、また、過去を振り返ってみて、こんなことをしていればもっと良い結果を残せてたのかな、と感じたことをここに残したいと思います。
少しでも参考になれば嬉しい限りです。
①大会を、水泳を楽しむ
これまで何度も大会に出て、ベストが出た時を振り返ってみると、その大会を、レース自体を楽しんでた印象が強いです。
今年の大会を振り返ると、ベストを出さないと、リレメンに迷惑をかけるわけにはいかない、などと楽しむことを忘れていたことが多くあり、そういう時に限ってタイムも微妙だということが多々ありました。
個人的に、楽しむためには、心の余裕であったり自信が必要になってくると考えています。
この半年を振り返ってみると、自分に自信をつけられるような練習があまり出来なかったなとか、もっといけたじゃんと思う練習が何回かあったなとか、色々思い当たる節はあります。
また、練習で大会でベストを出すイメージや周りに勝つイメージを養うのも大切だと思いました。今シーズンの練習を振り返ってみると、hardの時に、隣の人に「負けないようにしよう」、隣の人のペースに「ついていこう」と考えることが多かった気がしてます。このような練習をしてた結果、レースでも最後まで隣のコースに勝てずに、タイムも微妙みたいなことが多くありました。少しでも考え方に負の側面が入ってしまうと、結果にもろに出ると思います。
やはり、練習から、隣の人「よりも速く泳ぐ」、「勝ち切る」イメージを持ち、養うことが大切だと実感しました。
簡潔にまとめると、レース前に色々考えたり、緊張しすぎないように、日々の練習で自信をつけ、大会当日は、その大会自体の雰囲気を、応援を、全力で楽しむのが良いんじゃね?ってことです。
②速くなるための知識をつける
正直、自分はここら辺はかなり力を入れていました。その理由としては、筋力・持久力では敵わないんだったら、知識・技術で攻めるしかないと思ったからです。とんぺーの中でも水泳に対する知識・技術を持った人はたくさんいると思います。しかし、自分の体に対する理解をしている人は少ないと感じていました。
ここら辺の知識が増え、部員全体に定着していくと、メニューの作り方であったり、取り組み方の範囲?がより広くなり、いろんな方向から速くなるための練習ができるのかなと思います。
自分自身のことについても、何が得意で何が苦手か、速い人とどこで差がつくか、あるいは、どの部分ではあまり差がつかないか、など自己分析も必要になってくると思います。これまでの大会の動画を振り返って、自身のレースの特徴を洗い出すと次につながると思います。
③ 身につけた知識を活かす
②で知識をつけたら、実際にやってみよ〜となると思います。メニュー作成に携わる人であれば、実際にメニューを作って、フィードバックを受ける。携わらない人でも、fpの時にやってみたり、メニュー班の人に提案してみたりと、色々できると思います。
自分に合うと思ったら取り入れていく、合わないかもと思ったら、他の考え方を取り入れる。と言った、簡単に言えば試行錯誤になると思いますが、これを続けていって欲しいと思います。
④.頑張らないことを頑張る
自分が見る限り、部のみんなはめっっっちゃ頑張ってると思います。練習もそうだし、見えない部分で努力を積んでる人もたくさんいたと思います。
正直、自分はきつい練習がだいっっっきらいでした。だって辛いし、きついし、体動かなくなるし……。ですが、練習で周りには負けたくない、と思っていました。都合が良すぎるし、わがまますぎると思いますが。
この2つを両立させるため、常に自分が考えていたのは、「いかに楽をして、周りに勝つか」でした。
出力を上げるよりも、抵抗を減らす。上半身の疲労を軽減するため?に、少し多く潜る。壁蹴った後は、ちゃんと蹴伸びの時間を作る。後半になっても疲れないよう、呼吸数を増やす。呼吸数を増やしても、スピードが落ちない泳ぎを作るとかとか?
少し、②、③と重なる部分があると思いますが、自分の練習中の頭の中は、どうやったら楽に速く泳げるかな〜でした。
練習中に隣の人と競い合いながら、自分のタイムを把握しながら、自分の泳ぎにはどう言ったアプローチが最適かというのを考えながら泳ぐと、結構楽しいですよ。ゴールセットの時とかは、本数数えるより自分の泳ぎについて考えを巡らせていた方が早く終わる気もするし……。
全員に当てはまることでは無いと思いますが、何かしらの手がかりを掴んで、記録を伸ばして欲しいです。
加えて、努力するからには、せめて、最後の大会ぐらいは、最後のシーズンぐらいは、ベストを出して終えて欲しいと思います。そのほうが、楽しいし、達成感があるし、気持ちいいし。
全国公のまひろを思い出してもらえればわかるとおもいますが、400IMでベストを出した時のあの喜び方を見れば、想像が容易いかと。
ですが、ご存知の通り、ベストを出すことって、かなり難しいと思います。今のうちから、「努力を積み重ねてきた結果によるベスト」というご褒美を今のうちから準備しておくことをお勧めします
3.お世話になった方々へ
先輩方へ
12月からの入部にも関わらず、受け入れていただき本当にありがとうございました。練習では、先輩方の迫力や水泳に対する考え方などから、刺激を受けることができました。先輩方の波に揉まれながら練習できたこと、一緒にリレーを組めたこと、いろんなアドバイスをしてくれたこと、挙げだしたらキリがなくなるぐらいですが、本当に感謝してもしきれません。
ノア&ユダーイへ
特にお世話になった気がするので、ちょっと別枠で。2人がいなかったら学友会に入ることはなかったと思いますし、今まで続けることはなかったと思います。本当に生意気な後輩だったと思いますが、そんな後輩にもちゃんと相手してくれてありがとうございました。まだ、生意気な後輩でいさせてください。あと、ラーメン、日本酒、やりすぎな筋トレは控えた方がいいと思います。余計なお世話かぁ。
後輩へ
他の同期と違って、自分から話し出すような人間ではなかったですが、そんな自分にも絡んでくれる後輩がいて、めちゃくちゃありがたかったし、楽しかったです。今後も、たまーーーに泳がせてもらうかもしれませんが、その時は、少しでもいいので、てきとーーーーに絡んでくれると嬉しいです。みんなの記録はちゃんと見ておくので、いい結果残してください。みんなならできます‼︎
あと、メンズに限定しちゃいますが、8継めっちゃ楽しいよってことは伝えたいと思いました。大きな大会は、ほぼ8継で終わると思いますが、おそらくいっっっっちばん盛り上がるレースだと思います。北部の8継は緊張感と盛り上がりが最高だし、七帝戦の8継は応援がえぐくて最高だし。もちじゃが抜ければおそらく2枠は空白になると思われるので、みんな狙ってみることを勧めます。
同期へ
入部遅かった自分を当たり前のように受け入れてくれて、本当にありがとう。思い返すと、楽しかったことも、大変だったことも、辛かったことも、嬉しかったことも、いっっぱいあったと思いますが、どれも最高の思い出です。
ですが、みんなとの思い出を語る上では、個人的に大会の後泊は外せないと思っています。
部屋の中まで砂を持ってきて、ほとんどの人がベットで寝なかった全国公 in 新潟。新幹線が止まり帰宅難民となった七帝戦 in 名古屋。レシラムとゼクロムに惨敗した全国公 in 滋賀。100万ドルの夜景とラッキーピエロの美味しさに感動した七帝戦 in 北海道。鰹のタタキがうますぎた全国公 in 高知。
自分のちょっとした願望としては、数年後にみんなで集まって、脊髄反射で思い出話したいな〜とか思ったり。たぶん、まひろあたりが計画してくれると信じて待ちたいと思います。
4.最後に
自分の引退ブログのタイトルは、
『これまでの努力の証明を』
にしましたが、結果から言うと、この証明は失敗しました。努力を証明するためにはベストで終わる必要があったと思っています。また、今後、今まで以上の熱量と時間を水泳に割くことは難しいと感じているので、この証明は今後一生、「正しかった」とは言えないと思います。
しかしながら、後輩のみんなは、それぞれの努力を証明するための、時間、チャンスがまだあると思います。
自分の願いとしては、みんながベストで最後のレースを終えて、それぞれがこれまでに努力してきたことが正しかった、間違ってなかったと自信をもって引退して欲しいです。
これは、自分のわがままですが、もし、この引退ブログを読んで、少しでも取り組み方や気持ちに変化が生まれ、最終的にそれぞれの努力が証明されれば、自分自身の、髙桑琉晟の努力は証明されないにしても、正しかったんじゃね?という方向に少し傾くと思っています。
このブログでは、みんなにベストを出して終えて欲しいという部分が何回か出てきますが、その理由のほんの一部に、髙桑自身のこれまでの努力が間違ってなかった、正しかったと少しでも思えるようになりたい、という気持ちがあります。
はい、ほんとーーーに自分勝手&他力本願ですが、この、高桑の努力の証明の補足はみんなに託そうと思いま〜す。
あとは、よろしくたのんだ〜ニチャア
後輩のベストと、みんなの最高の笑顔と、学友会水泳部の更なる成長を願っています。
今までの水泳人生で関わってくれた皆様、本当にありがとうございました。
2025/9/15
髙桑琉晟
