立宗771年の新春、明けましておめでとうございます。
今年が、皆さま方に取りまして、幸多き年となりますようお祈り申し上げます。
本山にて御奉公をされていらっしゃる方からのいただき写真です。
発心の杖「病即消滅 不老不死の功徳」
妙光寺住職 尾林 広徳
法華経の『薬王品』に、
「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり、若し人病有らんに、此の経を聞くことを得ば、病則ち消滅して不老不死ならん」(新開結539ページ)
と説かれています。
このうち「此の」とは法華経に説き明かされた、久遠元初の御本仏にして、また未法万年の人々を救済される日蓮大聖人が悟られ、所持されている南無妙法蓮華経の大御本尊とその題目のことを申します。
この「本門の本尊」と「題目の五字」は全世界の人々の「病の良薬」としての功徳と蘇生の力と治癒の働きを持ち、私達の身心を磨き、きたえ、生命を育む功能を持っているのです。
「病」も肉体的な「四百四病」といわれる「軽病」はもちろんのこと、「病即消滅」の功徳の中には、
一、病になる憂いと悩みと痛みを除くがゆえに「病即消滅」
二、現世の業を則ち消滅するゆえの「病即消滅」
三、過去世の宿業をも消滅するゆえの「病即消滅」
四、心の病の中心として、貪欲、瞋恚、愚癡にもとづく八万四千の煩悩の病を治するゆえの「病即消滅」
五、過去世の法華誹謗の罪障を消滅するゆえの「病即消滅」
等々の大利益が含まれています。
日蓮大聖人は『可延定業書』という御書に、
「心みに法華経の信心を立てヽ御らむあるべし」(御書760ページ)
「早く心ざしの財をかさねて、いそぎいそぎ御対治あるべし」(同上761ページ)
と、妙法蓮華経の良薬の信心による対治を促されています。
「不老不死」とは、この妙法蓮華経の大法を信仰する人には、現世に、
一、いたずらに衰え、耄碌することがない。(不老)
二、いわれなく不慮の死や、苦しみもだえ死ぬことがない。(不死)
そしてまた、仏の命にそなわる「常住」「安楽」「自在」「清浄」という四つの果報を受けることができるゆえに、「不老不死」と説かれているのです。
今年は、種々の逝去の報がもたらされました。
その中でも、大きく驚き、ショックだったのは、武安力道御尊師の逝去でした。
師とは、千葉市清涼寺在勤時代から、謦咳に接する事を得た師でした。
当、蓮華寺においても、『復興50周年記念法要』に、布教講演をお願いし
御説法をしていただきました。
そこで、その折りの御説法【抜粋】を謹んで転載したいと思います。
全国布教師として、武安力道師に説法を頂いた折の、御指導をご紹介します。
〔平成27年11月23日 蓮華寺復興50周年記念法要〕 (抜粋)
本題であります「かならず、かならず身のまづしきをなげくべからず、唯信心のまづしき事をなげくべく候」という「松任次兵衛殿」に宛てた書状の一文について少々拝してみたいと思います。
この書状には、年号が付されていない為に、定かには分かりませんが、享保三年から享保五年位までの書状といわれております。およそ今から三百年ほど前ということになります。
内容は、日寛上人様が御本尊を御下付され、それに対する御供養があちらこちらから届けられ、なかでも、「松任屋七兵衛」この人は「松任次兵衛殿」の弟かといわれている人でありますが、書状に「殊に松任屋七兵衛いとまなき身、本因妙一万遍御供養有り難き御事の候」とありますことから、忙しい境遇ながら、「本因妙」本因妙というのは、お題目のことでありますが、お題目を一万遍御供養したということであります。「お題目を一万遍唱えて御供養とさせていただきました」というお手紙が日寛上人様のもとに届けられ、これに対して日寛上人様は「かならずかならず信の一字こそ大事にて候」と、信心の誠を尽くす事こそ何よりも大事であると強調されています。
そして、「たとえ一滴、一塵なりとも信心の誠あらば大果報を得べし、阿育王の因縁など思いやられ候べく候」たとえ水一滴、塵一つの如き、わずかなものであったとしても、それがいつわりなき誠の信心によるものであるならば、必ず大果報を得ることが出来るでしょう。
これからの未来広布を担う少年、青年の人達を、広布の人材として育てていく為にも、六十代、七十代の人、もうひとふんばりして頑張らなければならないのではないでしょうか。心が老いれば身体は確実に老います。
しかし、身体が老いたからといって、心まで老いる訳ではないのです。心が老いるのは、人生のあらゆることに情熱を失う為であります。
身体が老いるのは自然の摂理で致し方ありませんが、心までがそうなるわけではありません。事実、広布に情熱を燃やし、信心堅固なお年を召した方が、皆様の周りにはいくらでもいらっしゃるでしょう。その人たちの姿こそが何よりの証拠であります。
さて、そこで日寛上人様の仰せられる「かならずかならず身のまづしきをなげくべからず」ということでありますが、そのまま読めば生活がままならない、困窮した状態を指すものと思います。
生活そのものが、自分の思うようにすることが出来ないのは誠に辛いことだと思います。まして、養い育てなければならない家族が居れば尚更でありましょう。
身のまづしさを「かならずかならず」と仰せられていますが、この「かならずかならず」というのは「絶対に」ということです。絶対に身のまづしさを嘆いてはいけません。何故ならば、身の貧しさ故に、したくても出来ない境遇である為に、たとえそれが、ほんのわづかなものであったとしても、それは宛も、我が命を削るが如くに丹誠を込めたものであり、その人の信心の赤誠なのであります。身は貧しくとも、心まで信心まで貧しくなることはないのであります。
たとえそれが人から見ればわずかなもののようにしか見えなくても、身の貧しき故に、信心の誠がより強調されるという尊い意味があるのです。この信心の尊い命こそ仏の愛でる所であり、書状にある「たとえ一滴一塵なりとも信心の誠あらば大果報を得べし」と仰せられたのであります。
幼い者のことを俗に「この餓鬼」といいますが、普通幼い者はもらうことばかり考えて、人に物を与えることなど考えないところから「餓鬼」というのでしょう。
この小さな幼子が仏様を見て「立派な方だ何かさし上げたい」というその幼子の汚れなき心、その命、いわば信心を見ておられたのです。我々はとかく物に目がいきますが、仏様はそうではないのです。それ故に日寛上人様も「阿育王の因縁など思いやられ候べく候」と仰せられたのです。
ですから、日寛上人様はその上で、「かならずかならず身のまづしきをなげくべからず」絶対に身のまづしきことを嘆いてはいけないと仰せられたものと拝するのであります。
これらのことを思う時、少年部たちの汚れなき純粋な信心の振る舞いが、彼等の未来世において、どのような果報をもたらすことになるのかを考えれば、大人たちの広布に懸ける一途な情熱が、大人の背中を見て育つ彼等にとって、どれほど大事なことになるかは云うまでもないことでありましょう。
特に六十代、七十代の方々に頑張って頂きたいとお願いしたのは、信心の上においても、又、永い社会生活の中で、培われた数々の経験と精神性の実力を持つ年代と思うからです。この方々が、後に続く若い人達の為に、又、自らが今生人界に生を得、値い難き仏法に縁したことの本懐を遂げんが為にも、人生の仕上げとしての生き様を示していって頂きたいと強く願うものであります。
御法主日如上人猊下は、かつての広布唱題会の砌において、
「さて、大聖人様は『南条兵衛七郎殿御書』に『善なれども大善をやぶる小善は悪道に墜つるなるべし云々』と仰せられています。すなわち、自分だけの幸せを求める考えは、たとえそれが善であったとしても、結局その善は「大善をやぶる小善」にして(悪道)に墜つることになると仰せられているのであります。つまり、自分だけの幸せを追い求める利己的な姿勢、いわゆる「大善をやぶる小善」こそ、実は仏が最も嫌った姿勢であります。(中略)しかれば、大善とは何か、ひとことで言えば、それはすべての人を正しい真実の道に導き、間違った教えや考えによって自分だけの幸せを求めている人達、あるいは間違った謗法の教えによって知らず知らずのうちに貪瞋痴の三毒にむしばまれ、塗炭の苦しみに喘いでいる多くの不幸な人々を救うことであります。」
と御指南されています。
つまり、日寛上人様の仰せられる「唯信心のまづしき事」とは、只今の御法主日如上人猊下の御指南にあるが如く、妙法広布に生きる生き方、すなわち御命題に向かって真剣に歩む信仰姿勢からはずれた姿こそがすべて信心のまづしき事になるのではないかと思います。常に御命題のことを心に掛け、広布に情熱をささげ、日々信心第一の生活を心掛けている人に、信心の貧しき人はいないと思います。
法の為に生きること、広布の為に生きる人生に勝る人生はないのです。先程の御法主日如上人猊下の御指南に「大善とは何か、ひとことで言えば、それはすべての人を正しい真実の道に導き、間違った教えや考えによって自分だけの幸せを求めている人達、あるいは間違った謗法の教えによって知らず知らずのうちに貪瞋痴の三毒にむしばまれ、塗炭の苦しみに喘いでいる多くの不幸な人々を救うことであります。」とございますように広布の為に生き、力の限り尽くす事が大善であるとのことであります。
日寛上人様が常唱堂が建立なった時、老病のなかにこの建物をごらんになって
「ふじのねに、常にとなふる堂たてて、雲井にたへぬ、法の声かな」
と詠まれましたが、その御心を拝するに、この常唱堂の建立は、下種仏法の肝要である信と行の確立をめざされると共に、日夜不断の唱題をもって広宣流布の実現を志されたものと拝せられるのであります。
いつの世も、時の御法主上人猊下の広宣流布に対する熱き護法の念に導かれ、その時代時代の僧俗は生きてきたのであります。