チーム1の細長さでありながら、ワンをかける時とライドの時に半端ない脚力を見せてくるメテから回ってきました、23チーム副将のるなです。

 

ついに引退ブログを書く時が来ました。

早かったと言われれば早かった、長かったと言われれば長かった、コロナ禍で対面新歓も練習もないままに始まった、そんな感じの学生ラクロス4年間。何について書くかって言うのは、多分日本中の4年生のラクロッサーが迷うことだけど、こういう機会も最初で最後だと思うから、出てくるがままに書きます。

 

2020年、コロナ禍で理科大に入って、高校の頃から、大学に入ったらラクロスをすると決めていた私は、他の団体は一切見ずに女ラクに入部しました。練習はほとんどできずに、入部式ができたのも10月で、オンライン。思っていた大学生活とは全然違ったけど、クロスに触れているだけで楽しくて、週末はパパと公園に行って、パパは野球のグローブ、私はクロスでひたすらキャッチボールをしていました。そんな中、時間制限などがつきつつも少し練習ができるようになってきたとき、ゴーリーセレクションがありました。ゴーリーやるなんて全く思ってなかったし、やらないかと聞かれた時は断固拒否していました。でも、誰かがやらないといけない、そんな状況で、最初はフィールドとゴーリーの二刀流でやっていたけど、そんな中途半端な自分が嫌で、ゴーリークロスは高いから、クロスを買っちゃえば示しがつくんじゃないかというとんでもない理由で3月くらいにゴーリー1本に絞りました。

 

そんなこんなで始まったゴーリー生活、2年生の時は試合に出たいとかそんな感情もなくて、ひたすら先輩の背中を追いかけて、暗くなるまでアフターしたり、空きコマにショット練したり、ショットが当たるたびに痛くて泣きながらやっていました。

 

3年生になると、1個上にゴーリーがいなかったのでゴーリーとしてはトップになって、リーグに出たいという気持ちが大きくなりました。でも後輩の成長は著しくて、リーグのスタメンになるっていう気持ちだけで1年間必死にもがいたつもりだったけど、結局スタメンになれたのは初戦だけ。あとの5戦は全部後輩がスタメンでした。でも、神奈川戦が終わってから千葉戦までの2週間、誰よりも本気になろうって決めて1秒も無駄にしない気持ちで練習したら、私のゴーリー人生で1番成長した期間だったんじゃないかっていうくらい成長できたから、本気になるっていうのは大事だなって改めて実感しました。

 

2022年12月10日、入れ替え戦の舞台。理科大は7-8で負けました。下馬評ではもっとボロ負けすると言われていたし、試合中3点リードする展開になるとなんて思っていませんでした。それでも最後は2部の力、気持ちを見せつけられて、昇格まで1歩及びませんでした。みんな悔しくて号泣しているのに、私は泣けませんでした。心のどこかで納得できないまま当日を迎えて、心のどこかでチームの一員になりきれていない気持ちがあったからだと思います。でもそれと同時に、スタメンで出た後輩が、試合が終わった瞬間に、私のところに来て号泣しながら「ごめんなさい」と言ったとき、「来年はこの子と絶対に2部昇格しよう、もう1回本気になって頑張ろう」と心に決めました。

 

入れ替え戦から1週間後の2023年12月17日、23チームが発足しました。「人と喋るのが好きな私は組織の面を支える立場で、部員と幹部をつなぐ役割でいたい」、そうキックオフmtgで話しました。去年のチームからどうしたらもっとよくできるか、フィードバックが少ないことを改善するためにnotionや振り返りシートを導入してみたり、やっぱりトレーニングは最低限必要じゃないかということでラントレや長友トレをしてみたり、わからないながらに必死に色々やろうとしていました。

 

今まで行けていなかった鹿島、つま恋にも行けて、そんなこんなでチームは順調に進んでいるように見えました。それと同時に私は学生連盟の役員をやっていて、あすなろやフレキャンで学連の仕事が忙しくなっていきました。特にフレキャンは準備期間の1ヶ月、寝れて1時間、寝れない日もザラにあるという状況にまで追い込まれていました。それでも学連の後輩たちが「しゅうこさんがいないと無理」って頼ってもらえるのが嬉しくて、そんな準備期間も苦ではありませんでした。でもこの時期、私は学連のことをやりすぎて、チームのことを蔑ろにしてしまっていました。

 

フレキャン3タームの2日目の昼休憩の時、同期の主将から

“幹部としてがっかりした”

その11文字のLINEが来ました。ちょうどグラウンドでお昼ご飯を食べる時間でしたが、そのLINEを見た瞬間、ご飯が喉を通らなくなりました。フレキャン運営は決して楽なものではなく、3週連続のフレキャンで体も心もボロボロの中のそのLINEでした。その日の夜、私は限界がきて、レクの時間に「ごめん疲れちゃったから一瞬寝てくる」と運営メンバーに嘘をついて部屋に戻り、1人で号泣しました。多分23チーム始まってから1番精神的にきつかった日になりました。チームに辞めちゃいそうな後輩がいたのに気づけなかった、チームのためになると思って残った学連のことをやりすぎて本末転倒になっていました。

 

その日から私は心を入れ替えて、どんな形でもいいからチームに貢献しようと決めました。技術的にはチームを背負うことはできないかもしれないけど、それでもできることを探しました。「練習は誰よりも声を出す」「審判資格を取って、練習試合で審判する」「ゾーンDFの練習でOFが足りない時はOF役で入る」「1年生練の派遣は誰よりも盛り上げる」「後輩のショット練は時間が許す限り付き合う」「グラメが終わっていないなら学年関係なく手伝う」「みんなで曲を集めてアップで聴いたらテンションが上がるプレイリストを作る」ちょっとしたことかもしれないけど、私なりにみんなの役に立てることを必死に探した結果でした。

 

そしてリーグ戦が始まりました。

初戦vs明星はコーチ不在の中、なんとか勝ちました。でも、思い返せばあの試合は誰もやりたいことをできなかったし、みんな冷静に判断できてなかったよね。伸び代しかない!っていう感じの試合でした。私個人の話をすれば、正直出れることを期待していた試合でもあったので、もう1段階うまくなんなきゃなあ、やっぱり出たいなって思った試合でもありました。

 

だから、その後の9月に行った練習試合の後、私はコーチに「どうしたらもっと出れる可能性ありますか?」と聞きに行きました。でもその内容は思っていたより複雑で、単純な技術のことでもなくて、到底引退までの2ヶ月にどうにかなるものじゃないと思っちゃったから、この日が多分2番目にきつかったです。1人体育館の更衣室で誰も入ってこないことを祈りながら奥の方で泣いていました。

 

そこからの練習は出れる可能性なんてほぼないのに、万が一の事態に備えて努力はし続けなきゃいけない、誰よりも声を出すと決めてしまった以上頑張らなきゃいけない、こんなに辛い思いしながら練習して何になるんだろうと葛藤しながら1回1回の練習をしていました。結構1回の練習に行くのが本当にしんどくて、辛かった。同じ境遇の人がいないから、どこにもぶつけられない思いを1人で抱えながら、自分との戦いで練習に向かう毎日でした。それでも試合のたびに「この試合こそは一緒にコートに立ちたい」、「点差つけるから出る準備しといて」そう言ってくれる同期や後輩が周りにはたくさんいて、「るなさんの分も戦ってきます」、「自分のセーブはるなさんのセーブなんで!」そう言ってくれるスタメンゴーリーがいて、本当に恵まれた環境なんだと実感しました。

 

2戦目vs駒澤、3戦目vs東京女子、4戦目vs大妻女子、どの試合もギリギリで勝ってきて、他大の友達には「理科大って強いのかよくわからない」そう言われるほどだったし、それは自分たちが1番感じていました。圧倒的点差をつけて勝つ予定だった試合も3点ビハインドになる展開もありました。それでもどんなに苦しい展開でも必死にポゼッションして最後は決め切ってくれるOFリーダーがいて、誰よりもトップミドルのこと見て声出して身を張って守るDFリーダーがいて、そんな2人が引っ張って作り上げてくれた23チームはやっぱり強かったです。1点差でも大差でも勝ちは勝ちです。最後競り勝つ強さは、どこか去年の入れ替え戦を経験した強さを感じました。1戦1戦必死だったけど、リーグ戦全勝で、自分たちの力で入れ替え戦を掴みました。

 

入れ替え戦の準備期間、私は後輩の必死さと2部昇格にかける思いに圧倒される日々でした。4年が誰よりも強く思っていなきゃいけないはずなのに。ゴーリーの左横に打つために何百本、何千本とショット練する子、急遽左手をたくさん使うことになってがむしゃらに練習する子、キャンパスが違うのに全休だからと言って野田キャンまでショット打ちに来る子、朝練が終わってショット受けるためにわざわざキャンパス移動してくる子、自分がシャットされた時を想定していろんなショットを練習する子。私が知っているみんなの努力する姿はほんの一部に過ぎないけど、それでもこんなに出てきます。入れ替え戦の準備期間、みんながどれだけ家とか隙間時間にビデオを見たんだろう。そんな、全員が今までにないくらいの熱量で挑んだ入れ替え戦。いつもの理科大通り、最後まで観客をドキドキさせる展開だったし、絶対に嫌だよねって言っていたサドンだったけど、全員のここまでの頑張りが身を結んだように見える試合で、最後はいつも通り頼りになるOFリーダーが決め切って、審判のホイッスルが鳴った瞬間のみんなの笑顔、ベンチのみんなが泣きながら喜ぶ姿は一生の思い出です。最後まで出られなかったけど、ベンチのみんなとあの勝利の瞬間を共にできた4年も私だけってことで、泥臭いけどこれはこれでいいよね。私らしい終わり方だと思う。

 

 

他大ではリーグに出られない4年生、ベンチに入れない4年生が当たり前にいるけど、人数の少ない理科大では滅多にそういうことが起きません。でも滅多に起きないけど、私みたいにそこに当てはまる人もいます。別に当てはまりたくて当てはまってるわけじゃない。出れるものならそりゃ出たい。でも、その感情よりも私が大事にしてきたことがあるので、最後にそれを伝えます。それは、

「出会った後輩たち、こんな私とも仲良くしてくれる後輩たちには何かプラスのものを与えていなくなる」

これは私の人生のモットー。先輩には甘えてればいいし、同期も気を使わずに接してればいい。でも後輩だけは違います。後輩からしたら先輩なんてたくさんいるのに、その中で私と仲良くしてくれているからには、自分が持っている何かその子にとってプラスになるものを与えてあげることが使命だと思っています。私はみんなに何かプラスのことをしてあげられたかな?みんなが伸ばしてくれたラクロスライフ、1番長くまで伸ばしてもらって、伸ばしてもらった分のことをしてあげられたかな?その答えは後輩のみんなが決めることなので私にはわからないけど、引退寂しいって言ってくれる後輩のを見ると、少しはできたかなあって思います。思わないとやってられないっていうのも正直ある!

 

チームスポーツをしている以上、チームへの関わり方は無限大にあります。自分が納得のいくやり方で、チームに貢献できていれば、この辛い部活生活を4年間必死に続けた意味があると思うよ。例えリーグに出れなくても、試合に出て活躍できなくても。

 

遅くなりましたが、リーグブロック戦、入れ替え戦と多くの観客の方に来ていただき、部員全員の力となりました。応援に来てくださった方々、ありがとうございました。

私関連で言えば、出ないのに本当にたくさんの友人や先輩後輩が来てくれて、人に恵まれているなあと試合をするたびに感じました。みんな、ありがとう。

 

ここからは、学年ごとに宛てたメッセージを書くのが普通かもしれないけど、私は学年っていう括りより個人個人にそれぞれ伝えたいことがあって、それは手紙で伝えるので、それを楽しみに待ってて!!

 

普段はちゃんと女子大生なのに試合ではめっちゃガッツを見せてくれる2番

負けずに帰ってきてくれて同期に揉まれながらも頑張り続ける3番

泣き虫でかまちょで誰よりもクロスに長い時間触ってる5番

コートに立つと起爆剤になってくれるサッカー少年の7番

私のこと舐め腐ってるけど部の雰囲気をよくしてくれる11番

育成に行くとめっちゃ質問してくれる熱心な13番

ダメフィスと言われながらも最後は命を張ってまで守りに入る15番

最近私の一方的な愛じゃなくてちゃんと相思相愛なことがわかった16番

最初に仲良くなった2年生で23チーム中何度も救われた17番

超音波を発して私にいじられると嬉しそうにしながら最後まで成長を続けた24番

左手使えって怒鳴られながら最後命拾いのグラボをしてくれた26番

アドバイスするとすぐに直そうと一生懸命で可愛い27番

私との連番が終わっちゃうのを実はめっちゃ寂しがってる29番

唯一の野田キャン同期で私にいじられるの待ちな33番

おばかさんとかきつねさんとか好きなように言われて目の前のことにちゃんと一生懸命になれる51番

泥臭さと盛り上げ力はチーム1だけど女の子らしい可愛さはワースト1かもしれない59番

期待の新人で私がまだまだ育て上げる予定の64番

私に何回も強く言われながらも折れずに頑張って最近ラクロスがまた楽しいと思ってくれた77番

週5回コテンパンに言われてもなんとか毎回立ち上がり続けてここまで頑張ってきてる81番

もう絆とかそんな言葉で表せるものじゃない関係になって最強ゴーリーズだったことを示してくれた82番

戻ってきてまた楽しそうにラクロスしてる姿を見たいなあって思う85番

可愛さが先にくるけど、ちゃんとめげずに頑張る素直な86番

技術えぐくて私もあのグラボ能力ずっと欲しいって言ってるたこ焼き兼鳥代表の87番

わからないことはなんでも聞いてくれる向上心ありまくりな88番

MGが天職でこんなに仕事ができる人いるんだって感動させてくれるホッピー

帰ってきてくれて、ふわふわしてるけどちゃんと私のママで面倒見てくれるアス

真面目だけど喋ってみたら全然私のボケに突っ込んでくれるハル

一見だるそうに立ってるのに仕事ができたらバッチリ動く通称ケアリンのマヤ

時々とんでもないボケをかましてくるHCすけさん

合計28人の部員とすけさんをはじめとする大人の方々で支えられた私の理科大女ラク生活は辛いことだらけだったのに終わったら楽しかったって思える、一生の宝物です。

 

 

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最後に手紙は書かないけど個人的にメッセージを伝えておきたい人たちにメッセージを書きます。何度も言うけど、後輩のみんなは手紙だからね!ちょっと待ってて!!

 

ぱぱ、まま、叶子

まずラクロスっていう大学スポーツの存在を教えてくれて、入部することを進めてくれてありがとう。私は見た目から入るタイプだったからすぐに新しい道具とかウェアを欲しがって、でもその度に嫌な顔一つせずに金銭的に支えてくれたこと、どんなに遠い会場でどんなに早い集合時間でも送り迎えしてくれたこと、これだけじゃないけど、4年間ラクロスを続けてこれたのはぱぱとままの支えがあったからです。ありがとう。最後にユニを着て戦ってる姿を見せて恩返しをしたかったんだけど、それができなかったのはごめんなさい。でも私が苦しい思いをしながらトップを務めた23チームで2部に昇格できたから許して!!

叶子は練習の辛さとか愚痴を言い合ったり、どっちかが辛い時はスタバ買って帰って、慰め会開いて、歳が8個も離れてるとは思えないくらいちゃんと話しちゃったよね。チームT買って、自分の試合がない時はテスト期間で忙しいのに試合の応援来てくれてありがとう。

 

らむのお母さん

らむって本当にすごいです。こんなすごい子が理科大女ラクに入ってくれて嬉しいです。それと、1番伝えたかったのは、練習のたびに私の分のおにぎりも作ってくれてありがとうございました。おかか、らむのお母さんが握るまで食べたことなかったけど、あれめっちゃ美味しかったです。

 

イチカチのみんな

イベントをするごとに私に怒鳴られて、それでも頼ってくれることが嬉しかったよ。学連で体験できたことは、世の中の普通の大学生はなかなか体験できないことだから、自信もってね。チームで辛いことがあっても運営に行くとみんながゲラゲラ笑って楽しそうにしてる姿が見れて、私まで楽しくなってたよ。イチカチに入ってくれてありがとう。みんな、飲みに行こうね!

 

浅井さん

私のことが大好きな浅井さんにもちゃんと書きますよ!!学連に残らなかったらできなかった体験をできる機会をたくさんくれてありがとうございました。貴重な経験をたくさんして、人として成長させてくれてありがとうございました。この恩は、次の新人戦のテント立て手伝うことで返していきますね〜〜

 

かなり長くなってしまいましたが、こんなところで切り上げます!

2部で戦うみんなを見るの、楽しみにしてるよ!24チームの幕開けだ!!!

 

#28 G ルナ