《プロフィール》
名前 小野寺幹太
学年 2年
学部学科 理工学部先端化学科
出身校 水城高校(茨城)
ポジション サイドバック












こんにちは!更新遅くなってすみません。先端化学科2年の小野寺幹太です!
今回で30回目ということで、今までの人と内容が被るかもしれませんが、自分なりに自分の今思っていることを書こうと思うので、最後まで読んでくれたら嬉しいです。

まずは、自分がどういう人間か、ということについて書こうと思います。自分は、時に見せるその奇行っぷりから、自分をよく知る人達からサイコパスと呼ばれています。自分でも「あっ、今俺やっちまったな〜」と思うことはよくあって、その度に後悔しています。だいたいは自分にイラついて物に当たってしまうケースなのですが、突発的なものなので気にしないでください笑。本当に良くないことだと自覚はしているので今後気をつけます。
また、自分はポーカーフェイスで、周りからよく何考えてるかわかんない、と言われ、恐れられることがありますが、ぼけ〜ってしてるか、しょーもないことを思い出していて話を聞いていないことがほとんどなので安心してください笑。
そんな自分なので、自分は女性経験もほとんどありません。自分で言うのもなんですが、周りから顔はいいと言われます。てことはよほど中身が…とネガティブになるといけないので、20歳も過ぎましたし、めげずに色々と頑張ろうと思います。

サッカーの話をしていないので、そろそろ自分の今までのサッカーとの関わりについて書こうと思います。
自分は小学生の頃、周りよりも背が伸びるのが早く、その体格を活かしてゴールキーパーをやっていました。県トレセンにも選ばれるなどして、その流れで県でも有名なj株のクラブの選考会に受かり、中学3年間はそこでサッカーに励みました。
中学で学年が1,2,3と上がるにつれて、周りの身長はどんどんと伸びていき、気づけば自分は周りに抜かされていました。ゴールキーパーでプロにはなれないことを悟った自分は、一度ここでサッカーをやめて勉学に励むことに決めました。しかし、ここでサッカーを諦めたことが、自分の妥協した人生の始まりでした。
結局、高校受験も第一志望の高校に受かることはできず、第二志望で入った高校では、勉強に集中するために部活には入りませんでした。初めは、国立大学を目指していましたが、途中で諦めて、推薦という形でこの大学に入りました。
このように、肝心なところで妥協して今まで来てしまったので、最後の学生生活は、自分が満足するまでやり切れるものをやりたいと思いました。そこで、自分が中学まで真剣にやっていたサッカーをもう一度やりたいと思い、この部活に入りました。
「妥協するな」
この言葉をサッカーだけでなく、あらゆることにおいて、今後の自分に言い聞かせて日々頑張ろうと思います。

コロナの影響で、約1年間部活でのサッカーができていませんでしたが、今は部活が再開して3週間程経ち、充実した日々が戻りつつあります。大会も近いので、それに向けてもっとギアを上げて、チームとしての完成度を高めていきたいです!
読みづらい文章ですが、ここまで読んで下さりありがとうございました!

次回は、僕によく1対1で負ける別府隼くんです!よろしく〜!














昨年度夏合宿にて(キーパー)