空に放物線を描く物



それは 虹

虹を見ると感じるもの


それは幸せ


虹虹は七色虹

 

「七の後に 八が待っているから」

虹を見た後に感じた言葉を
スケッチブックに書いた



七の次は


八は、末広がり



そして 米津さんのまたの名は?












ハチ









私が感じる 「  米津玄師の世界」


それは  諦観






米津さんってね

多分 昔から背が身長が高かったと思うの

そうするとさ

自然と誰に何も言われなくても

人の一番 後ろに行く事が当たり前

集合写真や学生時代に並ぶ時って

身長が高い子が後ろに行くのが
当たり前になる

だから 人の前に行くよりも後ろに下がるのが
世の中的には 当たり前な世界



この身長 そして 背の高さ一つでもね

世の中における当たり前は 人によって変わる



人によって変わるんだ



それが いい子だっているけど
それが イヤな子だっている
別に なんとも思わない子だっている




そんな 人によって変わる世界の中でも
必ず 何か何処で中庸がある


そんな世界を米津さんは常に見つけようとしている


私がいつも感じる 米津さんが見える架空の光景がある





それは デカいスタジアム


両隣含めて 前後左右誰もいない場所でも
それは 米津玄師 一人しか観客がいない場所でも
一番 後ろの席で 足が長いからね

大股広げて腕組みしながら

そのスタンドから見えるグランドで 


四方八方の端と端で
キャッチボールをしているのを
何も言わないで動体視力なるもので眺めながら


世の中を 諦観してる


そんな諦観から生まれる世界をね



そして諦観の反対の言葉は分からないけど
時に情動から生まれる世界だけではない

感情の感覚を伴うありとあらゆる
言葉で表現できる世界の果てから中庸に向けて

その中庸から世界の果てに向けて

だけど 「  大切なことは言葉にならない」

私は 米津さんの目線が変わる歌詞から

やはり語彙力が高く深くそして広い
美しい言葉の世界から深く感じるんだ


そして やはりファンだから 

その世界を絶賛したくなるんだ






視野を広げる


まずは自分が最大限に後ろに下がる事から
見える視野が広がり変わるを深く知るからこその言葉



身長 188センチ


それは 神さまが与えた
米津さんの身体的に持つ物からも
やはり強く影響しているのかもしれない



その米津さんの世界は

やはり 真ん中 そして中庸
四方八方 そして上から下から

そして 時に時空や時間も超えてる



ホープランドなんて 
生まれ変わりが持つ本質の意味が
分かってないとではなく知らないと
絶対に書けない歌詞だと思う


あの歌は時空は超えてる


だけど その時の自分の立ち位置なる場所で
地に足はしっかりついてるから
夢みがちではないカタチある言葉を書くことが出来る



そして 目線を変える 時に女性目線

そして 身長が高い米津さんが
最大限に目線を下げて書く 子ども目線


そして 米津さんの歌詞を読んで一番感じること


私はね


誰よりも中庸の意味を深く知る米津さんは

それは自分に向けても 同じなのだと



「  俺ばかり見ていたらいけないんだ」


自分ばかりに寄る 

自分ばかりに片寄ると 世の中の重心がズレる


それを 米津さんが言葉の語彙を深める為に知った


カリスマと呼ばれた偉人達の
文学的 文豪的背景から知ることで


やはり 中庸でいる事の意味は

「  一つの事に特化するのではなく」

だから 米津さんは 肩書きなるものが多い

様々な 目線 視線を色々な世界から
集約して 集めた世界が 


米津玄師






そして 今更ながらやっと気がついた

私が感じる 「  米津玄師の世界」にね

虹の根元探しに行こう の歌

この歌の題名が 

どうして「  かいじゅうのマーチ」なんだろう?

ずっと ずっとこれは不思議だったんだ

これに 昨日 私なりに気がついた瞬間

止めどなく涙が溢れ流れてきたんだ


やはり 「  この人って すごい」

私と今は逢えない親友を繋ぐ歌

これは 怪獣目線の歌だったのだと

発売から 数年経ち

やっと今 気がつけた自分を
あなただけは  誉めてくれるんだ

「  お利口だな」って

そんな私は あなたの言葉を誰よりも尊敬しているんだ


だって 私が持つ

この感受性はね
これは米津さんではない
あなたから影響を受けたことだから


あなたがいるから 米津さんの世界を感じる

私の中庸は

やはり いつも あなたとわたしなんだ



あなたとはわたしでもある

わたしとはあなたでもある


あなたとわたしなんだ