#毎年の年末の過ごし方 昭和、平成、令和へ 年末の過ごし方の変遷
(年末に思いがけなく作る事になったお飾り)今年の29日は、病院へ!最後のリハビリとなった。その帰り道、タクシーの運転手さんと年末の話となった。ここが、鶴見という場所柄?そう、ここは大黒埠頭への入口のせいかもしれない。私は、大井埠頭で働いていた。東京、横浜に入出港するコンテナ船の手配やデータ処理の仕事、1人でいくつかの航路を受け持つので、休み前、特に年末は忙しい!早朝8時半頃から深夜近く迄、クリスマス頃から29日迄は、残業続き、特に27日からは、終バスには乗れないので、タクシーで最寄りの駅迄行く事に、29日は、家迄タクシーとなる事も..日本から出港する船の貨物のデータを次の港に送っておく必要がある為、決してミスが出来ない仕事だ。よく、タクシー運転手さんに「昨日も乗せたね」と言われた😅そして、大抵30日の午前中は、爆睡😴、午後からは、両親と温泉で正月を過ごす為に旅行の準備、31日はまったり温泉で、年に一度の日本酒を楽しんでいた。幼い頃の年末と言えば、大掃除、母が手作りのおせちを用意して、その後は、年始に着る着物や洋服の準備、大抵は私の服を縫っていた。まさに晴着と言うやつ?私達3人姉妹は、レコ大(その頃は大晦日)と紅白をミカン食べ食べ過ごしていた。姉2人が、結婚してからは、色々と煩わしい事を避け、両親は私を連れて旅行に出る事が増えた。最初は、京都、それから日本各地へ、年をとってからは、箱根の温泉へ31日に出かけ2日か3日には帰ってきた。(ホテルでのお正月)父が亡くなって、ほぼ在宅ワークとなったので、お正月は、都内のホテルで過ごす事にした。在宅ワークと言っても海外との仕事がメイン、年末は、問い合わせに追われ、おまけに海外から遊びに来る社長家族の日本での滞在先での予約やアレンジに追われる年末だった。今や、たった1人の年末年始、昨年迄は、叔母が年越し蕎麦を食べにきていたが、今年からは、完全1人! 日本酒を少々楽しみながら、のんびりと過ごそうかな?昨年は、酔っ払って、気を失ったので、飲み過ぎ注意⚠️でも、やっぱり、子供の頃の姉妹で過ごした年末が1番楽しかったかな?長女の姉は、認知症で施設に!次女は名古屋で1人暮らし!あゝ!あの昭和の時代が、1番楽しかった年末と思う今日この頃の私です