
おはよーごぜーます。
す、すばれるのぅ。
幸い、各種暖房器具のおかげで、
「るいべ」にはなっとらん。
今朝もパカっと6時半前に起床。
ペットボトルのごみ出しに勤しんだ
ゴトーちゃんであるよ。
なんせ311からこっち、
水道水を飲まず、
もっぱら買った水ばっかなので、
空のボトルも半端な量じゃねー。
そんで、
さっき朝風呂に入り、
温まった。
俺にしては珍しく、
活発な朝である。
ま、それはともかく、
本日、
2012年1月23日。
2012123である。
ところで、
年賀状のお年玉って、
皆さん当たった?
昨日、突合せしたんだよ。
うちは切手シート2枚だけだよ。
つーかさ、
俺、半世紀近く生きてきて、
お年玉はがきの1等当たったっていう人とか、
誰か当たったとかいう噂すら、
全然っ聞いたことねーんだけど。
あれ、嘘じゃねーか???
本当は切手シートしか当たらーんじゃねーか???
宝くじよりはるかに当選確率高いよ。
1等は3千数百本だもん。
分母は宝くじより少ないだろ?
ま、いいや。
2012123の数字配列で思い出しただけだから。
ま、この数字配列で言うと、
0と3があるので、
コンピュータ的世界観では、
「バグ」だな。
どちらかというと、
「ワルツの日」
とか
「水前寺清子の日」
のほうがしっくりくる。
そーいえば、
ジャクソン5の
「ABC」って曲、
最初は
「123」ってタイトルだったんだよ。
んで、いろいろ大人の事情があって、
「ABC」に変更。
結果として爆発的ヒットになったのである。
そんなことに思いをはせながら、
「人類の進化」について、
朝風呂に入りながら思考した。
もともと人間は、
3種類ぐらいいた。
その中で勝ち残ったのが、
我々である。
ここまでは、
進化の道筋としての淘汰なので、
真っ当である。
しかし、
その後が問題だ。
人類は、
「大脳」が異常発達してしまった
「奇形種」である。
ダーウィン的ロジックでいうと、
地球上の動植物はすべからく、
「環境に適合して」
進化すべきである。
つまり、
「そこそこの脳みそ」でよろしい、
ということだ。
ところが、
地球上の生命体としては
「明らかな奇形種である人類」は、
「己の種の保存のために環境を適合させること」
に、やっきになってしまった。
まあ、これが今日的悲劇の源泉である。



本当はもっといろいろ考えたのだが、
俺はあまり脳みそが発達していないので、
この程度しか思考できんかった。
あとは、誰か続きを頼む。
俺はこれから歯医者と車屋にでかける。
でわまた~

P.S.
友人たちへ。
おはよー!
ベリベリ コールド ジャパン!
昨晩2時ぐらいに寝て、
さっき6時ぐらいにパカっと起きて、
ゴミ出しに行って、
あまりにも気分良くパカっと起きたので、
PCに通電させた。
ずいぶん、ずいぶん、ずいぶん
長い間、会見を休んでしまったが、
皆さんは、いかがお過ごしだろーか?
息災だったろーか?
さて、何を書こうか。
この1週間の鬱々とした日々を書いても、
仕様がねーから、
昨日の素晴らしい1日のことを報告するぜ。
俺がこんなにすがすがしく、
パカっと眼を覚ませたのも、
昨日という日があったからだ。
昨日、
俺はマイオールドフレンドと、
約束をしていた。
しかし、TOKIOローカル、
朝から大雪。
どしよっかな?とおもったけど、
約束を決行した。
雪の障害より、
マイオールドフレンドとの約束が、
俺にとってははるかに大事なことだったからな。
そこいらへんはマイオールドフレンドも、
十分理解してくれていて、
俺の体調や気分に合わせてくれると言ってくれたんだ。
だからこそ、俺は今年になって初めて逢うけど、
マイオールドフレンドと、
スノー フライデーナイトを過ごしたくなったんだよ。
雪なんかへっちゃらだった。
ずいぶん前から、
出かける身支度を始めて、
早めに家を出た。
これまた、
今年になって初めて電車に乗ったのさ。
すげーだろ?
俺のずれっぷり。
おかげで、
「約束の地カナン」
に約束の時間より、
ずいぶん早く着いた。
あんまり早く着いたので、
俺はホットコーヒーを飲みながら、
「カナン」について考えた。
契約者様たちが、
万が一、
ずいぶん早めに
「カナン」にたどり着いていたら、
今日的大混乱はなかったのかもしれない。
やはり、人間たるもの、
約束の時刻の15分ぐらい前までは、
カナンに到着し、
コーヒー飲んで、
タバコを一服するぐらいの余裕を持った行動をしないと、
先様に対して失礼であり、
ましてや、
いろいろと生活上の施しを受ける身上としては、
遅刻は厳禁なのである。
したがって、
今日的大混乱は、
「契約者様の時間のルーズさと横着ぶり」
によって、
引き起こされているのだなぁ、
と、シミジミしているところに、
マイオールドフレンドが到着した。
俺がカナンについて考えていて、
コーヒーが半分も残っていたので、
マイオールドフレンドも、
コーヒーを付き合ってくれた。
決して、
コーヒーを残したまま、
「じゃあ行こう」などとは言わない。
この精神状態というか、
人間関係こそが、
「カナンそのもの」なのではないかと、
俺は悟りを開いた。
割と早めの悟りであった。
15分ぐらいで開けた。
その程度で開眼するテーゼなら、
契約者様たちには、
ぜひともコーヒーショップで、
とっとと悟りを開いてもらいたい。
さすれば、
今日的混乱の半分は解決する。
俺たちは、
コーヒーを、
最後まで飲み、
コーヒーショップを出た。
青山のピンポイントギャラリーにおける、
アワオールドフレンド寺門孝之氏の(http://www.terapika.com/files/todaysterapika.html )、
年初の展覧会を観に行った。
生憎、アワオールドフレンドは、
出張中で不在廊だったが、
作品はどれもこれも素晴らしかった。
かっこよかった。
エマージェンシーなジャパンで、
アワオールドフレンドが、
日々、創作に没頭していたことが、
俺たちにとっては、
なんだかとても頼もしく感じられたんだ。
本人がいないので、
早々に引き上げ、
次は、
俺の第二の実家、
ギャラリーハウスMAYA
(http://www.gallery-h-maya.com/nowshowing/5693/ )へ移動。
俺は初対面だが、
マイオールドフレンドの先輩、
中村幸子さん(http://www.tis-home.com/sachiko-nakamura )の
これまた、年初の展示を観た。
なんというか、
「インパクトがある」とか、
そーゆー貧相な語彙ではあらわせない作品ばかりで、
実に実に「軽やか」だった。
心が楽になったよ。
ロラン・バルトの視点で欠落している部分が、
なんだかはっきりしたよ。
エクリチュールというのは、
「読者を取り巻く社会の危機的状況と
それによって圧迫を受ける読者の内実」
と不可分である、と。
結果として戦勝国側になったフランスの田舎者が、
エッフェル塔からのびのびと眺望する、
コンコルド広場と、
俺の眼前にある、
寺門さんの絵や中村さんの絵は、
まったく違う。
すなわち、
「表出された何か」が大事なのではなく、
「表出された何かによって醸成されるものと、
読者の生への渇望とが
シンクロしたときに生まれる化学反応」こそが、
エクリチュールに「息を吹き込む」ことになるのではないか。
かつて
中島らもは、
レヴィ・ストロースを解読し、
「エクリチュールの正体がわかった」と言った。
それは「体験や」という結論だった。
フランス現代哲学の欠陥はまさにそこにあると、
俺もおもう。
俺的に申し上げれば、
「人情」というものがない。
したがって、
俺は、
ゲルニカよりも、
「エノケン」のほうが、
優れているとおもうのだ。
そんなことをまたまた思案していたら、
レンちゃんがお茶を出してくれた。
温かいお茶。
大大大好きなマイフレンドが、
温かいお茶を出してくれたんだ。
俺は、
これは、
とてもスゴイことなんじゃねーか、
と、おもったんだよ。
まあ、俺が年明けてからこっち、
ずーっと引き篭もっていたから、
少しくセンチメンタルになっとるのかもしれんが、
俺んちから、
何駅も離れたところで、
アワオールドフレンドが展覧会をやっていたり、
さらに一駅離れた場所では、
マイガールフレンドが温かいお茶を淹れてくれる。
付き添いはずーっとマイオールドフレンドだ。
電車で片道40分、
車だと50分のところに、
雪の中、
素敵な絵を見せてくれたり、
温かいお茶を出してくれるダチがいるんだぜ。
これは、よくよく考えたらスゲーことなんだ!
そして、
俺は、
またマイオールドフレンドの絵が強烈に観たくなった。
あの暑い暑い夏のよーなアツイアツイ絵を。
MAYAを後にした、
俺たちは、
青山にいるというのに、何故か
大戸屋に入り、
全国津々浦々の大戸屋で出されているであろう
定食を食い、
その後、
青山にいるというのに、何故か
ベローチェに入り、
全国津々浦々のベローチェで出されているであろう
キャラメルマキアートを飲みながら、
久しぶりに二人だけで、
差しで「男子会」を催した。
俺とマイオールドフレンドは、
基本的に赤裸々で、
あまり隠し事はない。
というか、俺が隠し事をしても、
マイオールドフレンドには、
ばれてしまう。
話も興に乗ってきたころ、
「そいや」とマイオールドフレンドが言った。
長年、音信普通になっている、
今は外国で暮らす、
共通の友達で、
俺にとっては大大大親友と、
ツイッターがつながったというのだ。
俺は、早速、
マイフレンドのアカウントから、
彼女をフォローした。
帰りの電車の中で、
すぐに彼女からリプライがあった。
それは、まるで、
昨日の話の続きのような内容だった。
時間や距離の隔たりなく、
彼女と面等向かってしゃべっているかのように。
結局、帰宅してから午前2時までやりとりした。
俺は嬉しくて嬉しくて、
少し涙が出てきた。
マイフレンドとは、
ベローチェで
「ツイッターとかSNS面倒くさいね」
なんつって話をしていたのに。
昨日は、
すばらしい日だった。
いや、すばらしい日に「してもらった」。
たくさんの友達によって。
再度言おうか。
普段、
さして感じないことだけど、
電車に40分ぐらい乗って出かけると、
快作を魅せてくれる友がいたり、
雪の降る中、暖かいお茶を出してくれる大の仲良しがいたり、
電話機の向こうじゃ
遠く外国の地で気にかけてくれる親友がいたりする。
そして、いつもいつもマイオールドフレンドが、
俺がぶっ倒れないようにそばにいてくれる。
これはすげーことだぜ。
いや、改めてすげーことだと思ったんだ。
暗い暗い海の中で、
仄かに燈る灯台なんかより、
ずっと心強いポーラスターだ。
でも、俺は、
俺自身は、
彼らに向けてきちんと反射しているだろうか?
そうならなければいけないな。
サンキュー、マイフレンズ!
まだ車の屋根に雪が残っているのを
眺めながら、
土曜の朝、
そんなことをおもったんだ。
P.S.
友人たちへ