バナナリンゴ

寝不足だ。

誠に寝不足である。

昨晩も、

寝付けなかった。

どーしちゃったんだろーな、俺。


この「無間地獄ぅドクロから逃れる手立ては

ないものか?



と、先ほど、

センブリの粉末薬をジンジャエールで

飲んだら、

ドクター・ペッパーの味になるということを

発見した。

おそらく、

全世界で、

今年最後の偉大なる発見であろう。



まあ、それもこれも、

続く寝不足のせいである。


あんまり眠れないから、

小難しい本でも読むかと、

ジャン・ポール・サルトルの本を

引っ張りだしてきて、

布団の中で読み始めたら、

なんか面白くて、

止まらなくなりそーだったので、

早々にやめた。



俺が学生の頃は、

サルトルなんてダサかった。

古かった。

ニューアカデミズムや、

ポストモダンにおいては、

断然、

サルトルの天敵である、

クロード・レヴィ・ストロースの

「構造主義」がクールだった。

ロラン・バルトの

「零度のエクリチュール」とかな。

ビシバシ、影響を受けたぜ。

こぢんまりとだけどな。


しかし、昨晩、

サルトルを読み直してみると、

なんつーか、

実存主義には、

心があるぜよ、

義があるぜよ、

魂があるぜよ。



俺が歳食ったのか?

否。

やはり震災や原発大爆発などで、

心境が180度、

変化してしまったみたいだ。

311を境にして、

俺というゴトーちゃんの中で

何かが大きなうねりとともに変わったんだ。

スゲー大げさだけどな。


古くたっていいじゃあねーか。

ダサくったっていいじゃあねーか。

心があるものにこそ、

「芯と真」があるぜよ。

わしゃあ、そー思うきに。

長州と薩摩は手ぇを結ばにゃのう、先生。


と、ここで、

思考するのは、

現在なう。のニッポンには、

「先生」と呼べる、

思想的指導者がおらんき、

困っちょるがぜよ。


ご一新のときは、

いっぱいいたな。

吉田松陰、

高野長英、

佐久間象山、

勝海舟、

あと、誰だっけな?

とにかくいっぱいいた。


それが、

今の日ノ本には、

一切おらん。

ここが、問題じゃのう。

ほじゃき、

なかなか社会変革が起きんぜよ。


それどころか、

先生、

何か言うと、

「安政の大獄」ならぬ、

「平成の大獄」で、

パクられちゃったり、

消されたりするがぜよ。


まっこつ、

恐ろしかぁ、

世の中でごわすな。


なんか、

胃がムカムカしてきたぜ。

また、センブリとジンジァエール飲もうっと。


でわ、また~ラブラブ