「不安でもトライ」
である。
これまたイヤである。
不安なことにトライして、
何がいいことがあるというのだ?
いいこと一つもねーだろ?
それどころか、
世間様にご迷惑をかける。
例えば、
自動車免許取りたての、
森ガールがいたとしよー。
一人で、運転の練習に出かける。
ついでに、ドングリ拾いをしながら、
マグカップでコーヒーを飲もう、
なんて考えている。
ちっさなハートは不安でいっぱい。
でも、トライしなきゃ、
運転上手になれないわ、
なんつって、出かける。
迷惑千万である。
あげく、爺さんにぶっかったりする。
やめたほうがいい。
あ、でも、またまた思い出した。
12年ぐらい前にオーストラリアに
取材旅行にでかけたときのことである。
その取材行程に、
「セスナで移動」というのが入っていた。
俺は不安であった。
とても不安で死にそーになった。
俺は持病ゆえ、
そーゆーものに乗るということが、
できん心と身体であった。
仲間の取材クルーの皆さんや、
オーストラリア政府の人たちも、
随分心配してくださった。
ところが、
俺は平気だった。
帰りは、助手席にまで乗って、
ヘラヘラ笑っていた。
しかし、
それは、
決して、
「不安にトライ」した結果ではなく、
「極端な躁状態に陥っていたから」
ということが、後に病院で発覚した。
現在なう。は、
躁ではないので、
不安にはトライせんのである。