「ゴトーちゃん、おねむの時間」を
辛抱して観たのである。
ダメであった。
まったくダメであった。
がっかりした。
松本清張は、
「推理小説のてい」を
とっているので、
大衆娯楽小説だとおもわれがちだが、
全然っ、違うからね。
松本の文学的テーゼは
「戦後日本の近代化からはじき出されてしまう人たちの諦念」
である。
基本的に、正統派の文学であり、
漱石が描いた、
文学世界、すなわち、
「近代のクレバスに閉じ込められる前近代の森羅万象」
と、同一線上の世界観だ。
松本が、
漱石より優れている点があるとしたら、
それを「大衆エンターテインメント」として、
よりわかりやすい手法を選んだことである。
もちろん、漱石も大ベストセラー作家だったわけだが・・・・・・。
逆に言えば、
ミステリーのトリックやギミックが面白すぎて、
テーゼを見落とす可能性も大きくなる。
これは、危険である。
特に、ドラマなどを作るものにとっては、
主題をキャッチできないことは、
命取りである。
本作においては、
演者・制作者、
誰のアンテナも、
その主題をキャッチできていないよーに
思えた。
まあ、前編しか観てないけどね。
俺には、そんな風に思えたのだよ。
何故、インサートの歌舞伎の演目が、
「俊寛」なのか?
ここに主題が潜んでいるよ。
しょーがねー、
また、明日も夜更かしして、
続きを観るよ。
前編観ちゃったからな。
「毒を食らわば」なんとやら、だ。
あーあ。