10月9日。

ジョー・ウィンストン・レノンの70回目の誕生日。

ハッピーバースデイ、ジョニー!


ラジオから、突然、

「スターティグ・オーバー」が流れてきたんだよ。

俺は、深夜、勉強していたんだ。

高校生だったからね。

まるで、RCの「トランジスタラジオ」の歌詞そのまんまのような

高校生だったからね。

一晩中、ジョニーの曲がかかっていたよ。

プレスリーが死んだときも一晩中かかってたから、

ジョニーは死んだんだってわかったよ。

だから、俺は朝まで聴いていたんだ。

次の日、学校へ行ったかどうかは、もう忘れちゃった。


後年、

俺の神様。

キース・リチャーズが言っていたんだ。

「ジョニーがクソ野郎に撃たれたとき、

俺はNYの数ブロック離れたところにいた。

俺は、自分のピストルを持って、

”あの豚野郎!俺が殺してやる!”って

わめきながら、

ジョニーのアパートのほうへ走り出したんだ」


俺は、

ませたガキだったから、

「クアドロフェニア」のジミーに憧れていたんだ。

なんか、十代特有の「諦念」のようなものを感じていた。

ジミーみたいに、岸壁からぺスパで飛び込むのも

悪くねーな、なんて考えていたんだ。


俺は、

17歳ぐらいで、

この世から、

ジョニーとキースとミックと清志郎がいなくなったら、

生きている意味などないな、なんて思っていたんだよ。

そんなつまらねー世界には、想像しただけでなんの魅力も感じなかった。


でも、ジョニーは早々に死んじゃった。

豚野郎に殺されちゃった。


さっき、ジョンレノン・スーパーライヴを観たんだよ。

そしたら、清志郎さんが、

「イマジン」を歌っていた。

たちどころに、俺は

ティーンエイジャーの気分になっちゃった。


俺は、清志郎さんのイマジンを「カバーズ」で聴いたとき、

清志郎さんは、もしかしたらジョニーを超えたんじゃないかと思ったよ。

「僕らは薄着で笑っちゃう」っていう歌詞は、

ジョニーにも書けなかったんじゃないかな。

そして、俺は、そのころには、もう社会人になっちゃってた。


清志郎さんもいないんだね。

俺の世界の半分が閉ざされちゃった。

でもね、まだいたんだ、俺のヒーローは。


清志郎さんの横で

仲井戸”CHABO”麗市さんがギターを弾いていたよ。

そうだよ、今日は俺の愛するチャボさんの60回目の誕生日。

ハッピーバースデイ、チャボ!

チャボさんが、言ってた。

「一所懸命やること、それでしか、人々の情動を引き出せない」

去年5月の青山・曼荼羅のライヴでも

「歌い続けることだよな!キヨシロー!」

って、なきながら叫んでいた。

俺も声を出してないたんだよ。


チャボさんは、

ジョニーと同じ誕生日なのが嬉しいって本に書いてたよ。


なんだか、俺も嬉しい。


おめでとう、ジョニー。

おめでとう、チャボさん。


俺はね、日付が変わらぬうちに、

俺がティーンエイジャーの気分に戻っているときに、

二人のお祝いをしたかったんだ。


明日もいい日になるように。