妻の職場に、

NY本社から、

まったく、日本語を喋られないアメリカ人の男性の同僚が

転勤してきたという話を以前書いた。


日本語を喋られない彼が、

来日前に必死で覚えてきた唯一の言葉は、

「ネギ抜きでオネガイシマス」。

死ぬほどネギが嫌いだということも書いた。


そのネギぎらいの彼が、

タクシーに乗った。


妻の会社は90%アメリカ人なので、

タクシーに乗る際は、

必ずレシートをもらうよう、

義務付けている。

経理上の問題もあるが、

一番の目的は、

タクシーにモノを忘れた際に、

問合せがスムーズにできるからだという。


で、ネギ嫌いの彼は、

タクシーの中で、

クレジットカード一式を忘れた。

なんで、そんなことになったのか?

彼は、恐るべきことに、

何枚ものカードを裸でひとまとめにし、

ゴムで巻いて、ポケットに入れていたというのだ。

アメリカ人にとってのカードは、

命の次に大切なものである。

それをゴムで束ねて裸で持ち歩いていたというから、

アメリカにも豪胆な野郎がいたものだ。


「落とした」という相談を受けた、

元添乗員の妻の同僚の女性は、

慣例どおり、

タクシーのレシート提出を求めた。

もらっていなかった。

ジ・エンド。

終わり。


俺はその話を聞き、

彼の思考を推理した。


彼は、クレジットカードなどより、

はるかに「ネギ抜き」のほうが大事なのである。

クレジットカードなどはいくらでも再発行してもらえる。

しかし、頼んだ天婦羅蕎麦に、

うっかりネギが入っていたら、

作り直してもらうことはできないだろー。

何故か?

彼は

「ネギ抜きって言ったジャナイデスカ !」

という、ややこしい日本語は暗記していないからである。

したがって、抗議は英語にならざるを得ない。

すると、蕎麦屋のオヤジ、

「え?なんだって?アメリカさんよ」

と、全く解さない。

なので、蕎麦を食べられなくて、

しょぼーんと腹を空かせたまま、

店を出なくてはいけなくなるわけだ。


彼にとっての日本生活での敵は、

あくまで「ネギ」のみであり、

リメンバー・パールハーバー&ネギなのである。

なので、常にネギのことで頭が一杯で、

クレジットカードのことなど、

知ったこっちゃねーのである。


そんな彼を、同僚の女性が、

寿司屋に連れて行った。

彼は、大将に向かって

「●●抜きでオネガイシマス」

と、言ったという。

●●がナンだったか、

同僚は思い出せないらしい。

しかし、また一つ、

彼の敵が日本に潜んでいたことは

間違いないよーなのである。