「待ちに待った連絡が来る」
である。
ウソである。
もうすでに、連絡は来なかった。
本日、車検の入庫日である。
車屋の担当と、
代車の入れ替えを拙宅で行い、
俺の愛車を入庫するのが、
10時半と段取りしていた。
しかし、10時過ぎになっても
連絡がこないので、
こちらから電話してみた。
すると、担当者が、
「すみませ~ん。
こちらから電話しなきゃと思っていたのですが、
代車がまだ戻ってきていなくて、
夕方になっちゃうんですけど・・・」
ほれ、みたことか。
車検の連絡すらこねーじゃねーか?
俺は
この調子だと、
「待ちに待った」どころか、
特に待っていない連絡すら、
今日はこねーんじゃねーか、と思う。
まあ、待ってねーわけだから、
特段気にすることもねーが、
では、俺にとって
「待ちに待った連絡」とは何か?
ということに思いを馳せてみよー。
「待ちに待った連絡」。
それは、「いい感じの仕事」の連絡である。
かなり現実的で、つまんねー、
夢のねーこと、待ってんなー、ゴトーちゃんよ
と、罵られても仕方がない。
ティンカーベルを待っていたところで、
車検代が払えるわけじゃねーだろー。
しかし、よくよく思い返すと、
「いい感じの仕事」と言っても、
先日知人に、プレゼンした企画は、
プリプロであり、
それがいきなり商品になるのには、
今日、一日では無理なのである。
なので、現在のところ、
「待ちに待った連絡」などいうものは、
俺に存在しない。
つーか、待っているばかりの生活に少しバテた。
では、「打って出るか? 」
ということも考えたりするが、
車検前に、車であてどもなく
打って出て、電柱にぶつかったりするのは、
イヤである。
じゃあ、電車かバスかチャリで打って出るか。
しかし、炎天下、熱中症になるのがオチである。
こーして、
俺の「打って出る感」を羅列すると、
主に交通手段に拘っている様子が、
ありありとわかる。
そーなのである。
俺の考える
「打って出る」は
「何かの乗り物に乗ってお外に出る」
ということなのである。