「軌道修正すべし」
である。
思えば、
俺の半生、
「軌道」から
おっぱずれてばかりの半生であった。
ヨチヨチ歩きが始まった頃、
おばあさまに、
「そっちじゃないわよ、こっちよ」
と、軌道修正されて以来、此方、
今では、カーナビ如きにいちいち
軌道修正されるよーな、
人間に落ちぶれてしまった。
ごめんなさい、おばあさま。
しかし、そもそも、
「俺の軌道」とは何か?
俺の軌道がわからないうちは、
軌道は修正できん。
朝から、とても哲学的なゴトーちゃんである。
軌道、それは、愛のない生活。
愛、それは、いつも無軌道。
暴走機関車。
愛の流刑地。
網走番外地。
俺は、愛のない世界から脱出を試みる。
こんな、車検をしなくてはいけないよーな、
ケッタイな世界とはおさらばだ。
愛を追究・研鑽するゴトーちゃんは、
どんどん仲間を増やしていくだろー。
愛のパレードである。
余勢をかって、俺は
ブレーメンの街をパレードする。
「なんのパレード? ゴトーちやん」
ブレーメンの人たちに、
声をかけられる。
「パレード・フォー・ラブ」
と、答える俺。
洗濯したり、炊事したりしている、
おばちゃん達も、
「そーいうことなら、黙っちゃいられないわ」
と、俺の愛のパレードに次々と参加する。
先頭に立つ俺は意気揚々と、
街をパレードする。
しかし、俺はブレーメンの街の、
地図を知らなかった。
そして、皆で、どぶ川に落ちてしまう。
やはり、
「愛にも軌道が肝要」と、
改めて知るゴトーちゃんなのであった。