新しいメッセージが届いていたのである。

滅多にメッセージなどいただかない俺としては、

嬉々として開いた。

すると、差出人は、アメーバ事務局であった。


何事か、と見ると、

「序の口昇進おめでとうございます」

という。

更に何事かと見ると、

「成長したすんもをご覧下さい」

という。

「ご覧下さい」と言われれば、

好奇心旺盛な俺としては、

見るしかない。

見た。


そこには、チュパカブラの如き謎の生物を模写した、

イラストと、横綱への遠い道程が描かれてあった。

「道程」。

それは高村光太郎。

妻、智恵子は小原庄助と同じく、

福島県出身であった。


そんなことを思い出しながら、

更によくよく見ると、

俺は「序の口」になる以前、

すなわち、昨日までは

「新弟子」という最下層に属する人間であった。

相撲のヒエラルキーを原案にしているのだから、

序の口の前は新弟子で正解なのだが、

俺は「新弟子」になった記憶はない。


何日か前の記事でも

「俺は今から相撲取りになる気はない」

と、書いた。

それが、俺のあずかり知らぬところで、

勝手に新弟子にされていた。

すなわち、これ「人さらい」である。

人さらいは逢魔が時、つまり黄昏に起こると、

泉鏡花が作品の中で記しておったな。


次々と日本文学のことを思い出しながら、

改めて「弟子」というものに思いを馳せた。


俺は徒弟制度というものが苦手である。

したがって、俺は物書きとしての

お師匠さんはいない。

尊敬する先輩は山ほどいるけれど。

なので、書生にすらなったことのない俺である。


なにが悲しくて、俺は、

「新弟子」にならねばいけなかったのか?


それは、食うや食わずの生活を続ける、

父母、祖父母、幼い弟妹のためである。

「東京さ、行ったら、白い飯、腹いっぱい食わせてやっから」

と、田舎の家族に約束してしまっていたことを、

俺はすっかり忘れていた。

都会の誘惑に負けて、

酒飲んで人をぶん殴ったり、

ずる休みしてサッカーに興じたり、

大麻を吸ったり、

野球賭博などにうつつを抜かしていた。

幼馴染の女の子から、

「染まらないで帰って」

と、渡された馬のはなむけの

ハンケチもどこかで失くしてしまった。

ついでに、母さんに買ってもらった、

あの麦わら帽子も深い谷底に落としてしまった。

ママ、ドュー、ユー、リメンバー?


いけない、こんなことではいけない。

あんちゃん、頑張るよ!


俺は心を入れ替え、

幼い弟妹のために四股を一所懸命に踏むよ。

そして、いつか、横綱になるよ。

そしたら、コンツェルンを立ち上げようね。

横綱にさえなれば、

ずる休みして、

国に帰ったり、

酒飲んで人ぶん殴ったり、

サッカーしたりできっから。

そんときまで、待っててけろ!

達者でな!