出馬会見とやらを観た。

タレントだから、どーしたとか、

俺は全く気にしない。

なんか、

皆、一様にタレント候補に対して、

「ふざけている」と罵っているが、

ふざけたっていいじゃねーか、

と、俺は思う。

政治家などは皆、

ふざけた奴らばかりだ。

もともとふざけた奴が、

更にふざけよーとしていることに関して、

やいのやいの言ってもどーしよーもねーだろー、と思う。

それは、選挙のときに

「良識」とやらで、

判断すりゃいいだけのことである、と思う。


まあ、そんなことはどーでもいい。


俺が、三原に対して不満な点は、

全然別のところにある。


三原は会見で、

「女性、高齢者、そして子供たち。

本当の命をかけて守る!」

と、言い切った。

俺は、大抵のことはうろ覚えであるが、

この言葉はかなり正確に覚えた。


三原に問いたい。

「オッサンは守らねーのか !?」


三原の独自政策においては、

オッサンは、オッサンらしく、

テメエで生きてけ、

さもなくば、野垂れ死にせよ、

ということらしい。


しかし、現今のニッポンにあって、

一番危機に瀕しているのは、

オッサンであるということは、

疑うべき余地がない。


オッサンがコケれば、

女性も高齢者も子供も、

皆コケる。

フェミニストには申し訳ないが、

これがニッポンの実情である。


あれだけ、元夫のコアラを

甘やかしておきながら、

いざ、自分が政治家にならんとするとき、

オッサンのことを微塵も考えないというのは、

実践として一貫性がない。

すなわち、

三原の主張は、すでに現時点で

全く信用性の希薄なものに、

なってしまっているということだ。

出馬会見なのに、である。


ということは、

三原が当選しても、

女性も、高齢者も、子供たちも、

まして眼中にないオッサンも、

誰をも守らないということに、

論理的にはなるのである。

だとすれば、三原は、

現段階で政治家になる資格はない。


いや、いろいろ言ったが、

つまりは、俺のよーなオッサンも

守ってくれればそれでいいのである。