http://ameblo.jp/turtlehaze/entry-10448002855.html の続き


次に、デパートなどでよく催される「男の大バーゲン」的なところでの入手である(この「男の大バーゲン」的なものは奥も深いし、業も深いので、今後も機会あるごとに触れていきたい)。

これも、本人ではなく、たいていはかあちゃんの手による場合が多い。

だいたい「3000円均一」とか「5000円均一」の棚やワゴンに陳列されている。ときによっては「なんと2本で!」とかいうお買い得もある。

かあちゃんたちは、開店時間の10時ぴったりに催事場へ直行し、むさぼるようにそれらを買い漁る。

そんな現場を俺は幾度となく目撃している。

もっとも、かあちゃんたちの買い物にも順番があって、「数が必要だけれども高いのは困る、質より量が大事」というワイシャツやネクタイのほうから攻める。

ベルトはその次だ。

まあ、ベルトは黒と茶一本ずつでもあれば、長持ちするし、毎日同じものをしていてもそれほど気にならないだろう、というかあちゃんたちなりの読みがある。だからこそかあちゃんたちも「安くてそこそこ見栄えのする」ブランドベルトについつい手を出してしまうのだ、と思う。

オヤジは基本的にかあちゃんの買ってきたものに文句は言わないし、言えない。それがオヤジというものだ。いいも悪いもなく、締める。腰にはゴールドエンブレムだ。

また、こういうケースもある。新幹線の改札付近で見かける「1000円均一」とかいう出店で買う場合である。

出張の帰りなど、ついついなにか土産的なものが欲しくなるものである。しかし、一概に土産と言っても「名物にうまいものなし」だし、へんなものや高価なものを買って帰ればかあちゃんに怒られるに決まっている。

そこで、ベルトだ。

これならば、安価だし、一応革なので、商品としての重量感もある。さらに地方の奇妙な民芸品や特産物より日常の使い勝手がよろしい。

これは、全世界の国際空港の免税店の構造とよく似ている。最後の最後には、やはり出所不明・使途不明の土産ものより「ここはひとつ世界の一流ブランドを貴方と奥様に」という商いである。まあ、有体に言えば、この手合いの商法にオヤジは引っかかるわけだ。新幹線のそれなどは免税店商法のリーズナブル版である。

ここでは、一見オヤジが主体的に選択しているように思えるが、実のところ、選ばされているのだ。

オヤジの頭の中は単純である。

まず、発車までそんなに時間がない。「なにか欲しいな」「でもキーホルダーじゃなあ」「なんか欲しいな」「あっベルト!! 3000円だ。それもピエール・バルマンだ。これだったら、かあちゃんにも怒られない」。と慌てて買うのである。

いい客だ。

せっかく出張に来たのだから、なにかわからないけれども、金使いたいという購買意欲と、なんの因果か常日頃から家族や親戚、知人などにより刷り込まれているブランドイメージ、そして、迷ってる時間がないという新幹線の小刻みなダイヤが見事にシンクロして、オヤジの無け無しの出張手当を台無しにするのだ。

しかし、どこかほっとした気持ちで、「アサヒ芸能」を脇に挟んでオヤジは家路に着く。

というわけで、金メッキのブランドベルトのバックルは、オヤジの意志・趣味・志向など一切介在することなく、日々オヤジの腰に燦然と光り輝いている。

本来ならば、身体の中心で一番目立つ部分に自分の意志や好みがまったく反映されていないなどということは、あってはならないことだ。

しかし、よいのである。

なぜなら、それはオヤジたちにとってのチャンピオンベルトなのだ。なんのチャンピオンかは、本人もわからないぐらいの穴ぼこだ。この意識の空洞はまるで、バックルの型貫きのようでもある。

悲しいチャンピオンベルトだ。