吉田修一の小説・『悪人』の感想です。
内容に少しふれて感想を書くので、これから読む人でこの日記をみてしまったらごめんなさい。
万が一のために謝罪しておきます。
この『悪人』という小説はブッキーで映画化決定だそうですね。
ブッキーって妻夫木聡のことを呼ぶ?呼ばない?
妻夫木と深津絵里なら良い映画になりそう。
(敬称略)

上巻を読み終えたときに、この小説のレビューを探して読みました。
読み終わった人の感想で
「悪人は本当に誰なのかを考えさせられる」みたいな言葉があって
ふーん、なるほどねと下巻の展開を予想してみたけれど、
読み終わった今、特に私はそんな感想は持っていない。
でも、この小説の軸として
「悪人とは誰なのか」を読者に投げかけているのかもしれないな‥とは思う。
けれど、私はそれはとても表面的な疑問、テーマだと思う。
もしキャッチフレーズにその言葉が来たら、まさしく内容に合っていない。
でも(また逆接)、そういうフレーズを表面に持ってくるための小説タイトルだと思う。
まぁうまく説明できないから、また意味ぷーさんですね。
ついでに、私はそのレビューの感想を絶対に否定はしていません(なんとなく否定してる感じだけど)
一般にその本が売り出されたのなら、それぞれが読んで感じたことが全てで
感じ方が多数や少数にわかれようが、
作者の意図と違ってきても
受け取り方は個々人に任されるのです(そう思っている)

それにしても、房枝!
私は房枝がどうしても気になって仕方がなかった。
この小説を読んで、誰に感情移入するか、誰に注目して読むのかは人それぞれ違うと思う。
(場面で主体が変わるので、誰かしらには感情移入しやすい小説だと思う)
祐一、光代、佳乃、佳男?
私がこの小説を読んだのは、「金子美保」がどんな人なのか知りたかったら。
(「束芋展で気になって」)
でも、あんまり出てこない‥
(でも、特に金子美保に注目することもあるのか)
私がページをめくっておったのは房枝だった。
房枝におそぼちゃんの姿を重ねたし、
私の歳とった姿を想像したりもした(そんなの無理だけど、想像力の限界)

人は結局一人だと思う。
それは良い意味でも。悪い意味でも。
一人ぼっちというと、とても寂しくて悲しい。
でも、一人というのは、そんなに悪いことではない。
そして、一人でやろうと思えばなんでもできるのだということ。
人によって得手、不得手はもちろんある。
けれど、時間をかけたり、自分でやると決めたらいろいろできてしまうんだ。
どれだけ自分で、自分の足で進めるか、勇気を持てるかなんじゃないかなぁ。
それはいくつになっても。
房枝が漢方薬を無理やり買わされた時、
私は本当に腹が立った。
かわいい房枝をいじめて何事かと思った。
もしおそぼちゃんが、そんな目にあったら、
私はすぐ警察に行ったり、なんとかしてお金を取り返す。
私が守る。
そんなびくびくしている房枝が、
祐一がしたことをしったらどんなに悲しむだろうと思った。
房枝が傷つくことを思うと、とても辛くて上巻で読むのをやめてしまおうかと思った。
でも、房枝はそんなに弱くなかった。
びくびくして小さくなって弱くて、
いつの間にか孫に頼ってばかりの房枝だったけど
きっかけがあって
房枝は自分が今までずっと守られてばかりの立場じゃないことを思い出したと思う。
そう、房枝は若いころ苦労してきて、そのときに自分を支えてきたのは紛れもなく、自分そのもの。
今や孫に頼ってその日その日だけをいっぱいいっぱい生きていても、いつかの自分は孫を守り育てる立場だった。
スカーフを巻いた房枝は本当に美しかろうし、
それが房枝の強さであり、本当の房枝なんだと思う。
笑われても怖くても、自分で戦う房枝。
今度は孫のためにもか、何度も被害者宅に足を運ぶ房枝。
(責任という言葉が近いのかな)
身も心も年老いてしまった房枝はどこにもいなくなって、
心は立派にまっすぐに自立した女性になった(戻った)
それは一人の女性でもあるし、母親のように愛を持った女性でもある。
房枝よく頑張ったね。
房枝強くなったね。
房枝なら、また家族を支えていけるよってなんだか安心した。

おそぼちゃんも今や私らに心配されているけど、
本当は強いことを知っている。
いざという時、私らを守ろうとしてくれることを私は知っているよ。
でも、気がつくと忘れてしまうんだね。
その状況に流されて、自分ではもうなにもできないような気持ちにだんだんなっていく。
けれど、まったくできないことはないんだよ。
若いころと比べて体力的にいろいろ無理でも、
なんだって挑戦できる。
前にも書いたけど、人生で楽しいのは学生時代?
女性で一番美しいのは20代?
そんなことない。
私よりも(私たちの年代よりも)、
きれいでりりしい人たちを知っている。
素敵な女性は何歳になってもきれい。
私から見て40,50代でもきれいな人は多い。
60代以降は優しく温かくてかわいい感じになるのかな。
私もそんな「きれい」「かわいい」人になっていけるのだろうか‥心配。
小説の話だけど、
祐一は房枝の強さやきれいさをまだまだ分かってないなと思う。
祐一や勝治、バスの運転手、佳乃の扱いについても思うことはあるけど、この感想は書かない。

とにかく房枝が良かったという感想(私にとっては)のほかにも
感想はあるけれど、
最後に一つあげるとすれば、方言が良かった!
あの話し方が好きで、しゃべれるようになりたいと思っている。
それにはどうしたらいいのやら。