1日だけドラえもんが出てきたら、何を出してもらう? ブログネタ:1日だけドラえもんが出てきたら、何を出してもらう? 参加中
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もしもドラえもんが一日だけいたら、普通にデートしてみたいですドラえもん
私はそんなにかわいくないからアレだけど、猫のみーちゃんに対してみたいにデレデレしてほしい。
道具は、別に出してくれなくてもいい。もし出してくれるなら、ドラえもんが自分のために何を出してくれるのかとか、どんな楽しませ方をしてくれるのかが楽しみだと思う。妄想超特急鈴
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そして、今日の自己満足日記の本題。
謙虚とは何か。どういうことかということ。っていうよりも、なぜ謙虚が大切だと思うのかを少し書きたい。

最近、アウトロー文庫になっている本を一冊読んだ。私はその本の評価と同時に、アウトロー文庫にその本が位置づけられていることに驚いたし、やっぱりそうなのかとも思った。でも、社会の問題なのか、そのことをその場所を率先してアウトロー文庫として世間にだすのはどうなのかと思う。

確かに、一般論ではその問題(場所)は、異質なものとして認識されているかもしれない。実際に異質なのかもしれない。しかし、それをアウトローと発言力のあるメディアで出すのはどうなのか。そのことが疑問だし、悪意はなくとも、悪意があるように勘ぐってしまう。嫌な気持ちになる。理解なくしていることだったら、更にひどい。正直腹が立つ気持ちを私は持った。

アウトローって自分たちで言うのはいい。でも、まわりの人がいうことなの?アウトローは「無法者、法律無視」とかいう意味だよ(新明解より)
私はある特定の場所・人に対して、簡単にそういう言葉を使うことを許せない。もしかしたら、自分だってしっかりとした理解もなく間違えてしまうかもしれないけれど、仮にも出版社とか人に影響を与えるところが簡単に使うことは本当に腹立たしい。

だんだん書いていて腹が立ってきたので、だいぶ本題とは違う話をしてしまった。というより、本題にはまだ入っていない。けれど、今日はもう時間がなくて続きが書けない。続く。

(修正あり。次回は脱線ついでに外国人について少し思うことから)

アウトロー文庫はアウトロー大賞からできたんだろうなぁと思います。カタカナにすれば、本来言葉の持つ意味が和らぐとでも思っているのか。それとも不明快なものにしているのか。いろんな意味で疑問。