『KAT-TUNの亀梨和也』
この言葉は最近KAT-TUNファン以外のジャニヲタにも浸透してきたなと思う。
新規ファンや他G坦さんが初めて10ks!に参戦した感想ブログなんかを読んでみると、必ず「KAT-TUNの亀梨和也」という言葉が出てくる。
本人もここ最近はいろんな媒体で意識的に使ってるよね。
じゃあ、『KAT-TUNの亀梨和也』の定義ってなんだろう。
ひとつには「魅せつけるかっこよさ」
夜会でもやってたけど、“ウインク”“投げキス”“舌ペロ”は亀梨和也の「三種の神器」(!?)で、ここぞ!という場面でキメる。
キャー‼を貰ってドヤ顔、までがセット。
この「三種の神器」は亀梨和也のみが許されたかっこ良さだし(中丸氏がやっても笑いになるし、上田氏に至ってはウインクが出来ない)、KAT-TUNでいるときだけの技でもある。
もうひとつは「鋼の精神力」
2001年にグループを結成した時から亀梨君は一貫してグループ第一主義だったと思う。
デビュー前のアミーゴエピソードや、個人の仕事でも主題歌という形でグループに還元し、夢を語るときはいつもKAT-TUNを大きくしたいと言っていた。
まだ少年という時期に、オトナの思惑で背負わされた“KAT-TUN”を、気付けば自ら進んで背負うようになっていた。
度重なるメンバーの脱退騒動も、メディアの前で口を開くのは自分の役目だと、理解していた。
そして、そんな時の凛とした佇まい、真っ直ぐな目線、力強い言葉。
細い肩に乗っかった荷物の重みに負けないように踏ん張る精神力が、有無を言わせぬ「KAT-TUNの亀梨和也」の姿なのだ。
そして一番大きいと思うのが「KAT-TUN愛」
ライブの挨拶で「KAT-TUNを好きな自分でいなきゃいけない、KAT-TUNを好きな自分でいたい」と言ったのは、私にはかなり衝撃的だった。
けれど、その言葉は亀梨君の“真理”だと思った。
これは私の個人的な解釈なので異論反論もあるだろけど、赤西君が抜けた時、亀梨君の心は一度完全に折れたと思う。
KAT-TUN結成からデビューに向かう中で、亀梨君にとって赤西君と一緒に“6人で”テッペン取るという事が、ひとつの目標だったと思うから。
留学から帰ってきた時の赤西君を迎え入れる嬉しそうな顔。
「やっと6人が横一線に並びました」というコメント。
赤西君の脱退で最初の夢が完全に潰えた時、グループに対する思い入れが強いゆえに、反動も大きかったことは想像に難くない。
一万字で語った5人の写真の自分を指で隠したエピソードや、NHKの朝イチで「特に赤西はずっと隣で歌ってた人なので…」という言葉も、私には辛いと言うより痛かった。
それでも折れた心を立て直せたのは、すでにKAT-TUNが亀梨和也を侵食していたから。
皆が不安な中、ずっと大切にしてきた場所を捨てるなんて選択肢は「KAT-TUNの亀梨和也」には無かったはず。
聖の時のシューイチ独占インタビューでの憔悴した顔も、ベスアでの田口脱退発表の緊張した顔も、垣間見せる顔は決して強くはないのだ。
それでも「KAT-TUNの亀梨和也」は常に真っ直ぐ前を向いて、ファンが安心する態度と言葉をくれる。
それは亀梨君が努力して作り上げてきた「KAT-TUNの亀梨和也」像だ。
“グループが大切”とか“グループを愛してます”とか言葉にするのは簡単なこと。
亀梨君は「KAT-TUNの亀梨和也」を全うすることで、グループに対する愛情を体現しているのだと思う。
だってウインクも投げチューも、ホントは出来ないコだってハイフンなら知ってるでしょ?(^-^)
長々書いたけど、これは私のボケ防止の一環です。m(__)m
この言葉は最近KAT-TUNファン以外のジャニヲタにも浸透してきたなと思う。
新規ファンや他G坦さんが初めて10ks!に参戦した感想ブログなんかを読んでみると、必ず「KAT-TUNの亀梨和也」という言葉が出てくる。
本人もここ最近はいろんな媒体で意識的に使ってるよね。
じゃあ、『KAT-TUNの亀梨和也』の定義ってなんだろう。
ひとつには「魅せつけるかっこよさ」
夜会でもやってたけど、“ウインク”“投げキス”“舌ペロ”は亀梨和也の「三種の神器」(!?)で、ここぞ!という場面でキメる。
キャー‼を貰ってドヤ顔、までがセット。
この「三種の神器」は亀梨和也のみが許されたかっこ良さだし(中丸氏がやっても笑いになるし、上田氏に至ってはウインクが出来ない)、KAT-TUNでいるときだけの技でもある。
もうひとつは「鋼の精神力」
2001年にグループを結成した時から亀梨君は一貫してグループ第一主義だったと思う。
デビュー前のアミーゴエピソードや、個人の仕事でも主題歌という形でグループに還元し、夢を語るときはいつもKAT-TUNを大きくしたいと言っていた。
まだ少年という時期に、オトナの思惑で背負わされた“KAT-TUN”を、気付けば自ら進んで背負うようになっていた。
度重なるメンバーの脱退騒動も、メディアの前で口を開くのは自分の役目だと、理解していた。
そして、そんな時の凛とした佇まい、真っ直ぐな目線、力強い言葉。
細い肩に乗っかった荷物の重みに負けないように踏ん張る精神力が、有無を言わせぬ「KAT-TUNの亀梨和也」の姿なのだ。
そして一番大きいと思うのが「KAT-TUN愛」
ライブの挨拶で「KAT-TUNを好きな自分でいなきゃいけない、KAT-TUNを好きな自分でいたい」と言ったのは、私にはかなり衝撃的だった。
けれど、その言葉は亀梨君の“真理”だと思った。
これは私の個人的な解釈なので異論反論もあるだろけど、赤西君が抜けた時、亀梨君の心は一度完全に折れたと思う。
KAT-TUN結成からデビューに向かう中で、亀梨君にとって赤西君と一緒に“6人で”テッペン取るという事が、ひとつの目標だったと思うから。
留学から帰ってきた時の赤西君を迎え入れる嬉しそうな顔。
「やっと6人が横一線に並びました」というコメント。
赤西君の脱退で最初の夢が完全に潰えた時、グループに対する思い入れが強いゆえに、反動も大きかったことは想像に難くない。
一万字で語った5人の写真の自分を指で隠したエピソードや、NHKの朝イチで「特に赤西はずっと隣で歌ってた人なので…」という言葉も、私には辛いと言うより痛かった。
それでも折れた心を立て直せたのは、すでにKAT-TUNが亀梨和也を侵食していたから。
皆が不安な中、ずっと大切にしてきた場所を捨てるなんて選択肢は「KAT-TUNの亀梨和也」には無かったはず。
聖の時のシューイチ独占インタビューでの憔悴した顔も、ベスアでの田口脱退発表の緊張した顔も、垣間見せる顔は決して強くはないのだ。
それでも「KAT-TUNの亀梨和也」は常に真っ直ぐ前を向いて、ファンが安心する態度と言葉をくれる。
それは亀梨君が努力して作り上げてきた「KAT-TUNの亀梨和也」像だ。
“グループが大切”とか“グループを愛してます”とか言葉にするのは簡単なこと。
亀梨君は「KAT-TUNの亀梨和也」を全うすることで、グループに対する愛情を体現しているのだと思う。
だってウインクも投げチューも、ホントは出来ないコだってハイフンなら知ってるでしょ?(^-^)
長々書いたけど、これは私のボケ防止の一環です。m(__)m