妖怪考、1。(続くんだろうか…) | たあーっのブログ

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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/25/SekienUwan.jpg
妖怪、好きなんですよ。
その中でも、一番好きなのがうわん。

月のない夜、とぼとぼと歩いていると、破れ土塀がある。夜風にさわさわと柳がそよぎ、嫌な雰囲気マックス。
早く帰ろう、と足を速めたか否かの瞬間、

「うわん!」

心臓バックバク、悲鳴をあげかけて直ぐに理解。
「てやんでぇ、犬っころが吠えただけじゃねえか、畜生めぃ!」

古来、妖怪は正体が判明したら、消滅する。
枯れ尾花だと判れば幽霊の存在は否定され、トラツグミが撃ち落とされれば、宮中を騒がした鵺なんていなかったと判る。 …まあ、先にあれは鵺だと公表しちゃったから、鵺の正体は鳥の化けたもの、ということになるけど。
うわんもそう。犬が吠えた瞬間から、ああ犬が吠えたんだと認識されるまでの刹那、その瞬間にのみ存在できる、はかない存在。これこそ妖怪の中の妖怪!

…なーんてね。まるっきりのでまかせ。
先程のリンクを踏んで、見てみてくださいよ。
「○うわん」
としか書かれてない。
さっき書いたストーリーは、絵と先人の解釈から、でっち上げたもの。
多分、解釈としては間違ってないと思うけど、石燕は一言も書いていないんですよね。この絵の講釈。
「怖がりには、暗闇にこんな化け物が見えるらしいよwwww」と煽ってるとも解釈できる。
要するに、この妖怪、それっぽく見えるけど、「怪奇現象っぽい風を装った」駄洒落です。

俗に、「化け物と野暮は箱根八里の向こう」と申しまして。
化け物を本気にする奴は、野暮なんです。
妖怪とは何か、を考えるに当たって、むしろ本気でうわんの如きを考察すると、泥沼に嵌まってしまうという…。