悲しみの光が幸せを照らす
非常に哲学的なタイトルなんですが、
書く内容は大したことない感じになると思います。
最近、ご承知の通り、株価が不安定なのですが、
その影響が少なからず、いや、かなり
私の仕事に及んでおります。
そんな背景もあり、今自分の関与してる案件の中で数社も
スケジュール延期が決まり、
そのせいで張り詰めたテンションが失われ、
抜け殻のようになっていたわけです。
(結構仕事はしてますが、意欲の問題です)
でも、そのおかげで色々なことを考えることが出来ていますし、
今まではなかなか得られなかったプライベートの充実感も確実に出てきています。
仕事は嫌いなわけではないし、
生活の問題もあるので、
この世界の不安感は看過できないのですが、
一方で、このネガティブな現状は
自分って何をしたいのか、どうなっていきたいのか、
といった根本的なことを考えるチャンスだなあとも思うわけです。
そんなことを考えていたときに(ちょっと話は飛躍しますが)
ふと、夜があるから朝日が恋しいんだよなあって
誰かの歌の歌詞みたいなことを実感してしまって、
結局、幸せって悲しみとか絶望とかネガティブな感情が
形作ってくれるんだろうなって思ったんですよね。
あるときの負の感情がいつか自分に幸せの形を教えてくれるなら
負の感情も捨てたモンじゃないねって思えるようになったから、
今までのダメなことも今の悩みや不安も
毎日くる夜のような感じで普通に受け入れられるようになったのかもしれません。
もし偶然、とてつもなくへこんでる人や人生の終わりだと思っている人や
悲しみの涙を流しながら見ている人がいたなら、
私が言える立場でないとは思いますが、
言いたいことがあります。
「きっと大丈夫っすよ」
夜なんて目を背けても見開いても暗いんだから、
受け入れるしかないです。
でも、その暗さは眩しい幸せを形どってくれるなら
悪いばっかりのものでもないんじゃないでしょうか。
では!