福岡県朝倉市山田に鎮座します
恵蘇八幡宮(えそはちまんぐう)
こちらのブログの続きです
タイトルのあの百人一首というのは、、、
※ホームページ引用
『百人一首』の巻頭歌「秋の田のかり穂の庵のとまをあらみ 我が衣手は露にぬれつつ」は、 母の斉明天皇が朝倉で亡くなった際、天智天皇がこの地で詠んだものと伝えられています。
だそうです。
すご~いですね。
なんというか、いろんなことを知るというのは、ほんとに面白いです。
歴史上の人物の行動が、この地でされたことなんだとか知ると、ほんとに歴史が歴史で終わらずに、私の経験している今につながるというか。。。
過去が、現在につながるっていうか。。。
おみくじが、、、安い
そして、親切
水時計
天智天皇が作られた水時計を、想像して再現したそうです。
段々の箱(桶?)の中に水が入り、、、あとはよくわかりません(;^_^A
そして、ショックだったのが、
私が訪れた一か月半ぐらい前の大雨で、裏山が崩落したみたいです。
摂社の天満宮は、新築でピカピカでした。
参道の石段横の斜面の途中に祀られていた、賽の神(さいのかみ)
福岡県では、賽の神さまは、あまり見たことないですね。
島根県では、あちらこちらに、たくさん祀られています。
賽の神様の隣には、関守さんたちのお墓がありました。
神社仏閣を巡ると、だんだん歴史に詳しくなってきます(笑)
つづきます~