せのお・あまんの「斜塔からの眺め」

せのお・あまんの「斜塔からの眺め」

せのお・あまんが興味を示したことを何でも書いてます。主に考察と創作で、内容は文学、歴史、民俗が中心。科学も興味あり。全体に一知半解になりやすいですがそこはご勘弁を。

谷川俊太郎は戦後最大の詩人だけに、逸話の多い人物だ。ある講演会で一通り話し終えたところ、質問があります、と子供が手を上げた。


「先生は詩人だけど、小説家や建築家は“家"が付くのに詩人は"人”が付くのはどうしてですか?」と。


しばらく考えてた谷川先生はおもむろに「詩なんか書いても家が建たないからですよ」。


谷川らしい回答だが、そう言う谷川はちゃんと家を建てている。もっとも谷川だから建ったのだろうし、詩人の前に"売れない“が付くのがほとんど、箸にも棒にもかからないのはさらに多い。


本当は小説家や建築家でも、家を建てるのは数少ない。どの業界も競争が激しいのと、需要が少ないのとで、家の付く仕事で成功するのは稀だ。


人が付く仕事といえば、詩人以外には俳人、歌人などがいるし、家の付く仕事も、農家、政治家、陶芸家などがいる。他にも師の付く仕事もある、漁師、医師、教師、講談師などだ。


かなり昔だが、出来の悪い男子は「こいつはシャやシカにでもするしかない」などと侮蔑されていたそうだが、役者か噺家のことだ。


同じ芸が付いても芸人と芸術家では大違い、間に芸能者がいるが、どちらかといえば芸人寄りだ。ただ

売れないのは共通のしている。


してみると、家が付くからもうかっているわけでもない。省みればもうけってのは、ノリとイキオイだから。


さて、今日本の大部分を占める社会人や勤め人、多少格好を付けてビジネスマンとかいう人たちだが、この人たちも人が付く。ただこの先は言うと惨めになるからやめておく。