世間を賑わす、大金持ちやアイドル、聖職者たちの奇行。
そうした人たちによる不正なお金の流れや、性的虐待、不倫といったニュースは、絶えることがない。
しかし、そのようなニュースは今に始まったことではない。
世界中で、お金持ち、アイドル、芸能人など、社会的に注目を集める人たちが、時に常軌を逸したように見える行いをする。
では、なぜそのようなことが起こるのか。
一般の人たちから見れば、そこには、ひとつの見方がある。
特別な能力を持っている人。
特別にお金を稼いでいる人。
名声を手にしている人。
そういった人たちは、どこかおかしくなってしまうのではないか。
あるいは、何か悪いことをしているからこそ、お金や名声を手に入れたのではないか。
本当は、見えないところで悪いことをしているのではないか。
私たちの心の中には、そういう気持ちがあるのかもしれない。
これはユング心理学の視点から見るならば、「集合無意識の影」として説明できる。
集合無意識の影とは、個人の心だけではなく、集団の中に作られる影のことである。
たとえば、私たちが「お金持ち」という言葉を聞いたとき、そこには表向きの印象がある。
しかし一方で、「本当はお金を稼ぎたい」「もっと豊かになりたい」という思いがある人もいるかもしれない。
もちろん、誰もが同じようにお金持ちになりたいわけではない。
けれど、お金を稼ぎたいのに稼げない。豊かになりたいのに、そうなれない。
そうした思いを抱えている人もいることは事実だ。
そうすると人は、自分の中にある劣等感や惨めさを見たくなくなる。
お金を稼げない自分を直視したくない。
だからこそ、「自分が豊かになれないのは、誰かのせいなのだ」と思いたくなる。
そのときに「お金持ち」という存在を見ると、
「あの人たちは悪いことをしているのかもしれない」
「自分ができないことをしているのだから、きっと何か裏があるのだろう」
という思い込みが生まれる。
つまり、自分の心の内側にある影が、他者へと投影される。
本当は、自分はお金持ちになりたい。
けれど、自分はそうはなれない。
その悔しさ、妬ましさ、嫉妬、劣等感を見たくない。
だからこそ、その影を他者に映し出す。
世間のニュースで「お金持ちが不正を行った」「アイドルが不倫をした」といった話題が流れると、多くの人がそこに飛びつく。
「ほら、見たことか」
「あの人たちは、やっぱり悪いことをしていたんだ」
「悪いことをしているから、お金を稼げたんだ」
「特別な才能がある人は、どこかおかしいんだ」
そう思うことで、人は安心する。
つまり、私は悪くなかった。
悪いのは、お金を稼いでいる人たちだ。
悪いのは、特別な才能を持っている人たちだ。
そう思い込むことによって、自分の安全な立場を確保する。
その代表的な例が、マイケル・ジャクソンだ。

(1984年The Victory Tourでのマイケル Wikipediaより)
ご存知のようにマイケル・ジャクソンは、唯一無二の才能で、世界のトップアイドルの座に駆け上り、莫大な富を手にしていた。
マイケル・ジャクソンは1990年代以降、激しいバッシングを受けた。
世界中のメディアで、小児虐待の疑惑や、子どもたちへの性的虐待の疑惑が報じられた。
また、自分の子どもへの扱いについても、さまざまな批判的な報道がなされた。
キング・オブ・ポップとして輝いているマイケル・ジャクソンが、そのようなことするはずがない。
最初は多くの人が疑った。
けれど、そのときに集合無意識の影が働いた。
特別な人は、悪いことをしているに違いない。
才能がある人は、悪いことをしているに違いない。
お金持ちは、存在そのものが悪なのではないか。
影の働きが、そこに入り込んだのだ。
本当は、自分自身に才能がなかったり、お金を稼げなかったりする苦しさを見たくない。
だからこそ、特別な才能がある人は悪い人なのだと思い込むことで、自分への免罪符を発行しようとする。
そうして、マイケル・ジャクソンは英雄から悪役へと引きずり下ろされていった。
しかし、マイケル・ジャクソン本人は、「私は本当にそんなことはしていない」と主張していた。
そしてホームアローンの主人公として有名な、マコール・カルキンは、マイケル・ジャクソンと友人関係にあり、その無実を援護した。
けれど、その声は、集合無意識の影の大きなうねりの中で、かき消されていった。
そして彼は、変わった人、危険な人、悪の象徴であるかのように扱われていった。
もちろんマイケル・ジャクソンも人間であり、すべてが清らかであるはずはない。
彼なりの苦悩があり、それから生まれた奇行があったとしてもおかしくはない。
また才能による傲慢さや、富を得たことにより、見えなくなったこともあるだろう。
しかしながら、性的虐待が実際にあったことは、事実としていまだに証明されてない。
私たちは、アイドルやお金持ちが何か少しでも変わったことをすると、すぐに「奇行をしている」「悪いことをしている」という印象を持つ。
その働きとは、私たち自身が、自分の影を見ないようにする心の働きである。
自分自身の惨めさや嫉妬、劣等感を見ないようにする心である。
誰か悪い人がいれば、自分は安心・安全でいられる。
その心が悪魔を作り出し、お金持ちやアイドルを悪魔に変えてしまう。
なぜお金持ちやアイドルは悪魔にとりつかれるのか?
それは、私たちの心の中にいる悪魔をが作用するからだ。
もちろん、一部のお金持ちやアイドルには、実際にとんでもないことをしでかした人もいる。
具体的な事実として、不正や罪が明らかになる場合もある。
そしてまた実際にお金や名声が人の心を狂わせることも確かにある。
しかしながら、私たちが、
「お金持ちは、悪いことをしているからお金を稼いでいるんだ」
「アイドルは、特別な才能があるけれど、何かと引き換えにしているんだ」
「清らかなもの、聖なるものなんかどこにもないのだ」
そのように思うとき、一度、自分自身の心を振り返る必要があるのかもしれない。
本当にそれは、外にあるものなのか。
それとも、自分の内側にあるものなのか。
自分自身の影ではないのか。
もし私たちが、自分の影の働きに気づくことができたなら、一方的な情報や、十分な証拠のない話、マスコミの一部の意見に過剰に反応することなく、本当に何が起こったのかを見極めようとすることができる。
そして同時に、自分自身の心と直面することができる。
自分が、どんな感情に操られようとしているのかに気づくことができる。
すぐに誰かを悪魔に仕立て上げようとする心。
その心こそ、自分の内側にある本当の悪魔なのかもしれない。
悪魔は、いつも醜い顔をして現れるわけではない。
むしろそれは、「私は正しい」という顔をして現れる。
「みんなもそう言っている」という声をまとって現れる。
「悪い人を裁いているだけだ」という安心感の中に、静かに入り込んでくる。
だからこそ、本当に恐ろしいのは、お金持ちやアイドルが悪魔にとりつかれることではない。
本当に恐ろしいのは、誰かを悪魔だと決めつけた瞬間に、私たち自身が、自分の内側の悪魔に気づけなくなることである。
悪魔を見つけたと思ったとき、私たちは一度、立ち止まらなければならない。
その悪魔は、本当に相手の中にいるのか。
それとも、自分の影が、相手の姿を借りて現れているだけなのか。
人を裁く前に、自分の心を見る。
外側の悪を叫ぶ前に、内側の影に気づく。
悪魔は、自分は正しいと信じた瞬間に、私たちの内側で目を覚ますのだから。
『聖アントニウスの苦悩』ミケランジェロ作
なぜお金持ちやアイドルは悪魔にとりつかれるのか?【ブッダスクール通信vol.94】より
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