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世間を賑わす、大金持ちやアイドル、聖職者たちの奇行。


そうした人たちによる不正なお金の流れや、性的虐待、不倫といったニュースは、絶えることがない。

 

しかし、そのようなニュースは今に始まったことではない。

 

世界中で、お金持ち、アイドル、芸能人など、社会的に注目を集める人たちが、時に常軌を逸したように見える行いをする。


では、なぜそのようなことが起こるのか。

 

一般の人たちから見れば、そこには、ひとつの見方がある。

 

特別な能力を持っている人。
特別にお金を稼いでいる人。
名声を手にしている人。

 

そういった人たちは、どこかおかしくなってしまうのではないか。


あるいは、何か悪いことをしているからこそ、お金や名声を手に入れたのではないか。


本当は、見えないところで悪いことをしているのではないか。

 

私たちの心の中には、そういう気持ちがあるのかもしれない。

 

これはユング心理学の視点から見るならば、「集合無意識の影」として説明できる。


集合無意識の影とは、個人の心だけではなく、集団の中に作られる影のことである。

 

たとえば、私たちが「お金持ち」という言葉を聞いたとき、そこには表向きの印象がある。
しかし一方で、「本当はお金を稼ぎたい」「もっと豊かになりたい」という思いがある人もいるかもしれない。

 

もちろん、誰もが同じようにお金持ちになりたいわけではない。
けれど、お金を稼ぎたいのに稼げない。豊かになりたいのに、そうなれない。


そうした思いを抱えている人もいることは事実だ。

 

そうすると人は、自分の中にある劣等感や惨めさを見たくなくなる。


お金を稼げない自分を直視したくない。


だからこそ、「自分が豊かになれないのは、誰かのせいなのだ」と思いたくなる。

 

そのときに「お金持ち」という存在を見ると、


「あの人たちは悪いことをしているのかもしれない」
「自分ができないことをしているのだから、きっと何か裏があるのだろう」


という思い込みが生まれる。

 

つまり、自分の心の内側にある影が、他者へと投影される。

 

本当は、自分はお金持ちになりたい。
けれど、自分はそうはなれない。
その悔しさ、妬ましさ、嫉妬、劣等感を見たくない。

 

だからこそ、その影を他者に映し出す。

 

世間のニュースで「お金持ちが不正を行った」「アイドルが不倫をした」といった話題が流れると、多くの人がそこに飛びつく。

 

「ほら、見たことか」
「あの人たちは、やっぱり悪いことをしていたんだ」
「悪いことをしているから、お金を稼げたんだ」
「特別な才能がある人は、どこかおかしいんだ」

 

そう思うことで、人は安心する。

 

つまり、私は悪くなかった。


悪いのは、お金を稼いでいる人たちだ。
悪いのは、特別な才能を持っている人たちだ。

 

そう思い込むことによって、自分の安全な立場を確保する。

 

その代表的な例が、マイケル・ジャクソンだ。

 


(1984年The Victory Tourでのマイケル Wikipediaより)

 

ご存知のようにマイケル・ジャクソンは、唯一無二の才能で、世界のトップアイドルの座に駆け上り、莫大な富を手にしていた。

 

マイケル・ジャクソンは1990年代以降、激しいバッシングを受けた。


世界中のメディアで、小児虐待の疑惑や、子どもたちへの性的虐待の疑惑が報じられた。

 

また、自分の子どもへの扱いについても、さまざまな批判的な報道がなされた。

 

キング・オブ・ポップとして輝いているマイケル・ジャクソンが、そのようなことするはずがない。


最初は多くの人が疑った。

 

けれど、そのときに集合無意識の影が働いた。

 

特別な人は、悪いことをしているに違いない。
才能がある人は、悪いことをしているに違いない。
お金持ちは、存在そのものが悪なのではないか。

 

影の働きが、そこに入り込んだのだ。

 

本当は、自分自身に才能がなかったり、お金を稼げなかったりする苦しさを見たくない。


だからこそ、特別な才能がある人は悪い人なのだと思い込むことで、自分への免罪符を発行しようとする。

 

そうして、マイケル・ジャクソンは英雄から悪役へと引きずり下ろされていった。

 

しかし、マイケル・ジャクソン本人は、「私は本当にそんなことはしていない」と主張していた。

 

そしてホームアローンの主人公として有名な、マコール・カルキンは、マイケル・ジャクソンと友人関係にあり、その無実を援護した。


けれど、その声は、集合無意識の影の大きなうねりの中で、かき消されていった。

 

そして彼は、変わった人、危険な人、悪の象徴であるかのように扱われていった。

 

もちろんマイケル・ジャクソンも人間であり、すべてが清らかであるはずはない。

 

彼なりの苦悩があり、それから生まれた奇行があったとしてもおかしくはない。

 

また才能による傲慢さや、富を得たことにより、見えなくなったこともあるだろう。

 

しかしながら、性的虐待が実際にあったことは、事実としていまだに証明されてない。

 

私たちは、アイドルやお金持ちが何か少しでも変わったことをすると、すぐに「奇行をしている」「悪いことをしている」という印象を持つ。

 

その働きとは、私たち自身が、自分の影を見ないようにする心の働きである。


自分自身の惨めさや嫉妬、劣等感を見ないようにする心である。

 

誰か悪い人がいれば、自分は安心・安全でいられる。


その心が悪魔を作り出し、お金持ちやアイドルを悪魔に変えてしまう。

 

なぜお金持ちやアイドルは悪魔にとりつかれるのか?

 

それは、私たちの心の中にいる悪魔をが作用するからだ。

 

もちろん、一部のお金持ちやアイドルには、実際にとんでもないことをしでかした人もいる。


具体的な事実として、不正や罪が明らかになる場合もある。

 

そしてまた実際にお金や名声が人の心を狂わせることも確かにある。

 

しかしながら、私たちが、

 

「お金持ちは、悪いことをしているからお金を稼いでいるんだ」


「アイドルは、特別な才能があるけれど、何かと引き換えにしているんだ」

 

「清らかなもの、聖なるものなんかどこにもないのだ」

 

そのように思うとき、一度、自分自身の心を振り返る必要があるのかもしれない。

 

本当にそれは、外にあるものなのか。
 

それとも、自分の内側にあるものなのか。
 

自分自身の影ではないのか。

 

もし私たちが、自分の影の働きに気づくことができたなら、一方的な情報や、十分な証拠のない話、マスコミの一部の意見に過剰に反応することなく、本当に何が起こったのかを見極めようとすることができる。

 

そして同時に、自分自身の心と直面することができる。


自分が、どんな感情に操られようとしているのかに気づくことができる。

 

すぐに誰かを悪魔に仕立て上げようとする心。


その心こそ、自分の内側にある本当の悪魔なのかもしれない。

 

悪魔は、いつも醜い顔をして現れるわけではない。


むしろそれは、「私は正しい」という顔をして現れる。


「みんなもそう言っている」という声をまとって現れる。


「悪い人を裁いているだけだ」という安心感の中に、静かに入り込んでくる。

 

だからこそ、本当に恐ろしいのは、お金持ちやアイドルが悪魔にとりつかれることではない。

 

本当に恐ろしいのは、誰かを悪魔だと決めつけた瞬間に、私たち自身が、自分の内側の悪魔に気づけなくなることである。

 

悪魔を見つけたと思ったとき、私たちは一度、立ち止まらなければならない。


その悪魔は、本当に相手の中にいるのか。


それとも、自分の影が、相手の姿を借りて現れているだけなのか。

 

人を裁く前に、自分の心を見る。


外側の悪を叫ぶ前に、内側の影に気づく。

 

悪魔は、自分は正しいと信じた瞬間に、私たちの内側で目を覚ますのだから。

 

『聖アントニウスの苦悩』ミケランジェロ作

 

 

 

なぜお金持ちやアイドルは悪魔にとりつかれるのか?【ブッダスクール通信vol.94】より

 

 

 

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なぜ、スピリチュアルな道を歩む人は、一般的な社会と関わりを持ちにくくなることがあるのでしょうか。

 

その理由の一つに、


「いまの社会は大きな仕組みや価値観によって動かされており、多くの人はそのことに気づかないまま生きている。一方で、目覚め始めた人たちは、そこから少し距離を置こうとしている」


という感覚があります。

 

もちろん、そのような感覚を持つこと自体が間違っているわけではありません。

 

実際に、祈り、リーディング、ヒーリング、チャネリング、占星術、自然農法などを通して、世界をより良くしようとしている人たちがいます。

 

それ自体は、ほんとうに素晴らしいことだと思います。

 

一般社会の価値観から少し離れた場所だからこそ、見えてくる真実があります。


世間の常識から距離を取ることで、はじめて感じられる生命の声や、魂の感覚もあります。

 

けれども、その一方で、スピリチュアルな道には気をつけるべき危険もあります。

 

それは、

 

「高次の自己を語りながら、自分の影を見ないこと」

 

です。

 

たとえば、ヒーリングやリーディング、チャネリング、占星術などを通じて、高次の自己からのメッセージを伝える立場にある人が、自分自身の未成熟さや、低次の欲望、心の影を見ないままそれを語るとき、そこに分裂が生じます。

 

高次元の体験をした人が、必ずしも成熟した人格を持っているわけではありません。

 

むしろ、深い霊的体験をした人ほど、日常の人間関係や、社会的な責任や、自分の弱さと向き合うことから逃げやすくなる場合もあります。

 

ここに、現代スピリチュアルの大きな課題があります。

 

本当の自己統合とは、上に昇ることだけではありません。

 

高次の世界へ意識を開いていくことであると同時に、自分の内側の弱さ、怒り、嫉妬、不安、未完了な感情へと降りていくことでもあります。

 

高次の光を見るだけではなく、


自分の中にある見たくないものにも触れていくこと。

 

そして、それを否定したり排除したりするのではなく、自己の本質の光の中に戻していくこと。

 

その意味で、自己統合とは、


上昇であると同時に下降であり、
 

超越であると同時に受肉である、


といえます。

 

自己統合とは、単なる自己肯定ではありません。


また、癒しだけでもありません。


霊的覚醒だけでもありません。

 

それは、自分の中に分裂していたものを見出し、意識化し、成熟させ、より大きな自己の秩序の中に結び直していくことです。

 

そして、

 

「私は何者なのか」

 

「私という意識の正体は何なのか」

 

「ほんとうの私はどこにいるのか」

 

という問いが、やがて、

 

「この私を通して、どのような全体性が現れようとしているのか」

 

という問いへと変わっていくことです。

 

その意味では、自己統合とは、自分を完成させることではありません。

 

むしろ、より大きな生命が、自分を通して現れることを許していく道なのだと、私は感じています。

 

これをより現実的な観点でいうなら、
 

スピリチュアルな道と、社会的な立場や仕事を、矛盾するものとして切り離さないことです。

 

高次の自己だけを大切にするのではなく、
 

低次の自我を否定するのでもなく、
 

その両方を受けとめられる成熟した自我を育てていくこと。

 

そこに、これからの時代に必要な自己統合の姿があります。

 

そうした自己統合のプロセスを進めていく中で、私たちは、これまで抱いてきた感覚をもう一度見つめ直すことになるかもしれません。

 

「スピリチュアルの話が通じない」

 

「家族やパートナーとは違う場所にいる」

 

「一般の人は管理されていて、自分はそこから抜け出す道にいる」

 

そうした感覚のすべてが間違っているわけではありません。

 

しかし、その一部は、世界との違いから生まれたものではなく、自分自身の内側の分裂から生まれていたのかもしれません。

 

だからこそ、現実的な仕事や社会的立場と、スピリチュアルな領域をつなぐものこそが、自己統合のプロセスなのです。

 

スピリチュアルを現実から切り離さないこと。
 

現実を魂から切り離さないこと。

 

この二つを結び直していくことが、これからの時代において、どちらの領域にも欠かせないものになる。

 

私はそう確信しています。


海と娘と影

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「お金が消える一年」2026年のアカシックレコードの情報を5月の現状と重ねてみる

 

 

2025年末から2026年初頭にかけて、私は「2026年のアカシックレコードからの情報」として、いくつかの大きな流れについてお話ししてきました。

 

またその内容をYouTubeの動画として年始に公開しました。

 

 

(以下は、この動画を見ながら、お読みいただくとより内容が伝わるかなと思います)

 

 

この動画の中心で示したのが

 

「お金が消える一年」

 

という言葉です。

 

この言葉だけを聞くと、通貨がなくなる、銀行が止まる、経済が崩壊する、といった極端なイメージを持つ方もいるかもしれません。

 

しかし、私が伝えたかったのは、そのような単純な内容ではありません。

 

むしろ本質は

 

「お金が価値の中心である」という時代が揺らぎ始める

 

ということでした。

 

そして2026年5月現在、世界で起こっている出来事を見ていると、このアカシックレコードの情報と現実が、いくつもの点で重なり始めているように感じます。

 

 

 

 

まず一つ目は、石油とエネルギーの問題です。

 

現在、アメリカによる攻撃と中東情勢の緊張によって、原油価格は大きく揺れています。

 

ホルムズ海峡をめぐる不安、石油インフラへの攻撃、原油供給への懸念が重なり、ブレント原油は一時1バレル112ドル近くまで上昇しました。

 

これは単なる投資市場の話ではなく、エネルギー、物流、食料、物価、国家の安全保障にまで影響する問題です。

 

ここに、「お金が消える」という言葉の一つの意味があります。

 

お金そのものが消えるのではなく、

 

お金だけを持っていても、エネルギーや食料や安全が確保されなければ、社会は安定しない

 

ということが、現実として見え始めているのです。

 

つまり、世界は「金融の数字」だけでは動かなくなっている。


資源、食料、物流、安全保障といった、より根源的な価値が前面に出てきているのです。

 

そしてお金という価値が今まさに大きく揺れています。

 

 

 

二つ目は、日本と台湾有事をめぐる問題です。

 

動画の中で私は、2026年は日本にとって「自立」が問われる年になると語りました。

 

現在、日本では台湾有事、防衛力強化、経済安全保障、同盟関係の見直しといったテーマが、以前にも増して現実的な議論になっています。

 

日本がフィリピンへのミサイル輸出を検討しているとの報道もあり、東アジア全体の安全保障環境は大きく変化しています。

 

ここで問われているのは、単に軍事力を持つかどうかではありません。

 

より深いところでは、

日本はこれから、自分自身の判断軸を持って世界と関わることができるのか

という問いです。

 

戦後の日本は、ある意味で「守られる国」として歩んできました。

しかしこれからは、自らの文化、自らの精神性、自らの責任において、世界の不安定さの中に立つことが求められていく。

 

この点も、2026年のアカシックレコードの情報として語った「自立」と強く重なっています。

 

 

 

三つ目は、気候変動と食料の問題です。

 

動画の中では、アジア、とくに中国周辺での災害や気候変動、それによる穀物価格や移民問題への影響についても触れました。

 

2026年に入り、中国では深刻な洪水や干ばつへの警戒が示され、さらに強いエルニーニョによるアジアの作物被害や食料供給への不安も報じられています。

 

ここでも重要なのは、「災害が起こるかどうか」という恐怖ではありません。

 

気候、食料、エネルギー、経済が、もはや別々の問題ではなくなっているということです。

 

食料価格が上がれば、生活が揺らぎます。
燃料価格が上がれば、物流が揺らぎます。
災害が増えれば、国家間の移動や社会不安が増えます。

 

そのすべてが、お金の価値そのものを揺さぶっていく。

 

つまり、「お金が消える一年」とは、

お金の背後にある生命維持の仕組みが、私たちの目の前に現れてくる一年

でもあるのです。

 

 

 

四つ目は、管理社会か、自律社会かというテーマです。

 

AI、デジタルID、信用評価、情報管理。

これらの技術は、社会を便利にし、安全にする可能性を持っています。一方で、個人の行動や価値が数値化され、管理される社会へ向かう危険性もあります。

 

EUではAI規制やデジタルIDに関する制度整備が進み、AIのリスクや社会的な使用制限も大きなテーマになっています。

 

これは、私が動画の中で語った


「管理か、自律か」

というテーマそのものです。

 

便利さを求めれば、管理は進みます。


けれども、人間が自分で感じ、自分で考え、自分で選ぶ力を失えば、いくら社会が効率化しても、そこに本当の自由はありません。

 

だからこそ、これからの時代に必要なのは、単に外側の制度を批判することではなく、

一人ひとりが自分の内側の声を取り戻すこと

なのだと思います。

 

私はそれを、

「命に嫌われない生き方」

という言葉で表現しました。

 

お金になるかどうか。
評価されるかどうか。
社会的に正しいかどうか。

 

それだけを基準にして、自分の本当の感覚を押し殺し続ける時、人は少しずつ命から離れていきます。

 

逆に、自分の中にある違和感や願いに耳を澄ませ、それに従って生き始める時、人は本来の生命力を取り戻していきます。

 

今回のアカシックレコードの情報と、2026年5月現在の現実を重ねて見ると、はっきり見えてくることがあります。

 

それは、世界がいま、

お金中心の価値観から、命中心の価値観へ移行する入口に立っている

ということです。

 

石油問題は、お金の背後にあるエネルギーの重要性を示しています。

台湾有事をめぐる緊張は、日本の自立性を問いかけています。

気候変動と食料問題は、生命を支える基盤の脆さを示しています。

AIと管理社会の進展は、人間の自由意志と自律性を問いかけています。

 

こうして見ると、アカシックレコードの情報は、単なる「当たる・外れる」の予言ではありません。

 

それは、世界の出来事の奥にある、

 

時代の背景にあるもの、集合意識の流れ

 

なのです。

 

 

2026年から2032年までの7年間は、人類にとって大きな選択の時代になるでしょう。

この7年は文明の「総まとめ」であると私は位置付けています。

動画でもお話ししたように、ノア、レムリア、アトランティスといった過去の文明が、管理・自律の二元性を超えることができず、「エリート層による支配」と「民衆の感情的爆発」によって滅んだ過去を、私たちがどのように超えていくことができるのか。

 

それがこの7年間にかかっているのだと予想します。

 

その鍵は「命に嫌われないこと」。

 

外が揺らぐ時こそ、ひとりひとりの内側にある自然の流れをどのように取り戻し、目の前の現実へとつなげていくことができるのかにフォーカスをすること。

 

他律性ではなく、自律性を生きること。

 

そこにかかっているのではないかといま思うのです。

 

 

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古代ギリシャには、「時間」を象徴する二柱の神がいた。

一柱はクロノス。


もう一柱はカイロスである。

クロノスは、一般的な時間を司る神だ。


時計によって刻まれ、誰に対しても平等に流れていく客観的な時間。


社会のスケジュールや労働、日常の流れを支えている時間である。
 


一方でカイロスは、「ここだ」という絶妙な瞬間を司る神である。


単なる時間の長さではなく、「意味のある瞬間」を表している。


それは武道でいう「気」のようなものかもしれないし、茶道でいう「間」のようなものかもしれない。


目には見えないけれど、確かに存在する「時の質」である。
 


私は、このクロノスとカイロスの違いを、現代では「タイム」と「タイミング」という言葉で表すことができるのではないかと思っている。
 


タイムとは、区切られた期間、流れていく客観的な時間、一般的な時間のことだ。


誰に対しても平等に流れていく、社会的な時間と言ってよい。

 


一方でタイミングとは、主観的・自律的な時間である。


自分自身の自律性をどのように人生に発揮するのか。


あるいは、出来事にどのような意味を見出すのか。


シンクロニシティや「ここぞ」という感覚も含めて、私はこれをタイミングと呼んでいる。

 


つまり私たちの人生には、二つの時間が存在している。
 



タイムに生きる人は、客観的な時間の中に生きる。


そこでは人は、自動反応的になりやすい。


一般社会の流れに合わせ、周囲に適応しながら時間を使っていく。

一方で、タイミングを生きるというのは、人生に対して主体的に、能動的に生きることを意味する。

 

 


結論から言えば、人生をタイム――つまり「流される時間」として生きた場合、私たちは他律的に、自動反応として人生を生きることになる。

 

 


これは、アカシックレコード的に言えば、肉体の意識に属する時間である。


戦略を立て、生き残り、社会の中で周囲と歩調を合わせながら生きていくための時間。


それがタイムだ。

 

 


それに対してタイミングとは、シンクロニシティを活用しながら、「ここだ」という瞬間に自分自身を生きることだ。


自律性を生きること。


魂の時間を生きることである。

 

 

 

現代社会には「時間泥棒」があふれている。

 


SNS。


細切れにやってくるタスク。


絶え間なく流れ込む情報。

 


それらは私たちの意識を、タイムの側へと縛りつける。


私たちは時間に追われ、タスクに追われ、労働に追われている。


さらに、わずかな個人の時間ですら、SNSやインターネット、購買欲によって消費され、極限まで削り取られていく。


けれど、「時間を削り取られている」という感覚そのものが、すでにタイムに意識のフォーカスを置いている証でもある。


 


一方で、この現代においても、まったく別の時間を生きている人たちがいる。


それが、タイミングを生きる人たちだ。


もちろん、私たちは全員が同じタイムを共有している。


しかしタイミングを「使う」人たちは、その客観的な時間の中に、自分自身の自律性を見出していく。

 


一見すると無意味に流れてくる情報の中から、自分にとって本当に必要なものを感じ取る。


「これは自分にとって意味がある」という感覚をつかむ。


そしてそれを、ただ流れていく時間としてではなく、シンクロニシティとして受け取っていく。


その中に、魂の働きや永遠性を見出していく。

 


そして実際、優れたスピリチュアリストや経営者と話をすると、この感覚は非常によく通じる。


なぜなら、彼らは知っているからだ。


タイミングこそが、すべてであるということを。

 

 


そう。


タイムとタイミングは別のものではないのだ。


タイムのなかに、タイミングは埋め込まれている。


そしてタイミングを掴む人たちは、そうでない人たちが漫然と流してしまう時間――支配的な神であるタイムのなかから、もう一つの神の働きを掴み取るのだ。

 

 

経営者や優れた表現者、スピリチュアリストたちは、世の中の流れの中にある「ここぞ」という契機を見抜く。


そして、その瞬間に自分自身の意図を乗せていく。


人生の中で、「ここは絶対に逃してはいけない」という瞬間を知っている。


何があっても立ち向かわなければならないタイミングを知っている。


あるいは、クライアントを前にしたときに、「今こそが変容にとって最も重要な瞬間だ」と感じ取る。


その意味では、タイミングをつかむとは、現代において時間泥棒に人生を明け渡さず、自分自身を生きることに他ならない。


自分自身を自律的に生きること。


魂の意識を、一般的に流される時間の中へと差し込んでいくこと。

 

それこそが、タイミングの本質だ。

 


 

現代は、私たちをタイムへと縛りつける。


流される時間の中にだけ生きていると、人は他律的になり、支配され、魂の意識を持たないまま消費されていく。

 


 

しかし逆に、タイミングをつかむ人にとって、この現代は最高の時代でもある。


世界中の情報が開かれ、あらゆる宗教やスピリチュアルの叡智に触れられるこの時代。
 

その中で自律性を持ち、シンクロニシティを通して世界と関わるならば、人は必要な出会いを引き寄せ、必要な情報へと導かれていく。
 

そしてタイミングを通して、「神」というものを実感し始める。
 

宇宙の意志そのものと、一つになっていく。

 


 

今、私たちに必要なのは、このタイムとタイミングという二つの時間を見分けることなのではないだろうか。

そして、時間泥棒から、自律性を見出していくことができなければ私たちは生命を失ってしまうのかもしれない。

あるいは、クロノスとカイロス。
 

この二つの神の働きを知り、共に生きること。
 

そのとき、私たちは再び神とのつながりを見出し、生命を取り戻すことができるのかもしれない。

 

 

メルマガ Buddha school通信 齊藤つうり特別コラムより

 



 

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ナナ。一歳を迎えました。

 

体重34キロ。充分デカくなりました。

 

そして生理も迎えて、大人の女性になったか。。。と思いきや、まだまだやんちゃで、イタズラ盛り。

 

写真は「住職、アタシのご飯の時間です」と、必死の呼びかけのナナ。

この手がデカくて重いんだ。また。

 

 

 

ゴールデンレトリバーは、ほんとうに子供にやさしい犬種です。

 

大人には飛びつくけど、こどもにはちゃんと飛びつかない。

 

 

アカシックレコードでは、

 

鉱物、植物、動物、人間、天使、大天使、アバター

 

という6つの帯域があります。

 

鉱物ー本能・肉体

植物ー気質・エーテル体

動物ー感情・アストラル体

人間ー具体思考/抽象思考・低位/高位メンタル体

天使ー高次感情・アートマ体

大天使ー高次思考・ブッディ体

アバターアセンション・モナド

 

とそれぞれ対応すると私は捉えています。

 

そんな体系と重ねながら、子供たちとナナとの関わりを見ていると、とても興味深いのです。

 

確かに子供たちはナナを通じて、豊かな感情をいっしょに育んでいることがわかります。

 

 

 

 

子供が生まれたら犬を飼いなさい。

子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。

子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。

子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。

そして子供が青年になった時、

自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。

 

ーイギリスの古い言い伝えー

 

 

昨年の夏至に、お寺犬、前任者のモモが亡くなりました。

 

亡くなる直前に、立てなくなったモモを見て、「また治って、散歩に行けるようになる?」と9歳の息子は私に聞きました。

 

とても切ない質問です。

 

けれどここは子どもたちの感情にとって、ほんとうに大切な場面なんだと私は感じていました。

 

ですから、大きなエッジを覚えながらも

 

「もう立てないんだよ。モモは死ぬんだよ。そういうものなんだよ」

 

と伝えました。

 

子供たちは大泣きしました。

 

そして亡くなっていくプロセスと悲しさと痛みを、共有しました。

 

モモが亡くなって、しばらくの間、子供たちは大きな喪失感を感じていました。

 

その後、ナナがやってきて、ほんとうに喜んだものの、子供たちなかには

 

「いっしょにいられることは、当たり前のことではないんだ」

 

ということが、言葉ではないもっと深いところで、理解できているように思えました。

 

もちろん行き過ぎた悲しみや、受け止めることの出来ない状況は子どもにとって、大きなダメージとなります。

 

また無理やりそんな場面に直面させることは、虐待に近づくこともあるでしょう。

 

しかしながらそうした「悲しみや痛みの経験」を通過することなくして、子どもは感情を育てることはできません。

 

また親自身が死や痛みに直面することができなければ、無意識のうちに、子どもたちをその場面から遠ざけてしまい、感情的な痛みから退けてしまうことになりかねません。

 

しかしその結果、子どもたちは、その反作用として、親子関係のなかで大きな感情の爆発を見せ、問題行動を引き起こすこととなるかもしれません。

 

だからこそ子どもたちが動物との関わりのなかで、感情的な喜びや悲しやみ痛みを、適切に体験することは、感情的な成長と、人生への柔軟性を身につける最適なプロセスではないかと私は思うのです。

生命の理解は、喜びからだけでは得ることができないのだから。

 

 

 

 

 

 



ナナが一歳になったことと、子供たちとの関わりを書こうとおもったら、つらつらと書いてしまいました。

 

まあ何にしてもナナと子どもたちは成長しています、というご報告のブログでした。

 

 

 

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