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冬の光が好き。

 

新春の鎌倉鶴岡八幡宮にて。

 

一月の半ばに撮っていたのですが、遅れてシェアです。

 

 

 

Nikon  Z6+50㎜

 

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今年もブッダプログラム定番の先祖供養セラピーの季節となりました。

 

昨年より、高源寺の本堂を使わせていただく形(※)で開催されます。

 

私は僧侶/アカシックリーダーという肩書きで活動していますが、この先祖供養セラピーはそのど真ん中のプログラムとなります。

 

先祖というものを「愛の循環」として捉え、一個人としての背景にある「家系のエネルギー」をまるごと取り扱う二日間です。

 

私はこの先祖供養セラピーの内容は、本当に多くの領域で応用できるものだと捉えています。

 

セラピー、心理学、リーディング、ボディワーク等はもちろん、ビジネス、教育、子育ての領域でも、大いに活用していただきたいのです。

 

なぜなら現代を生きる私たちは「個人」にフォーカスを向けすぎる傾向があるからです。

 

私は臨床の宗教家として、法事や葬儀に常に接しています。

 

その際には、私は人間を、個人ではなく、一族の視点ーつまり家系ーで関わることになります。

 

その時私は、各個人とは樹木に宿る葉や実のようなものだと捉えます。

 

つまり私たちは、各個人としてもちろん存在していますが、その背景には家系全体がどっしりと構えている。

 

その観点では、各個人とは単体で存在しているものではなく、家系全体のあらわれとしてはじめて存在しているということになります。

 

現代では家系よりも、個人の力が強く、私たちは自由に経済や仕事を選択できるように見えます。

 

もちろんその通りでしょう。

 

しかしながら、私たちの内面に目を向けるなら、そこには依然として家系の影響というものはとりわけ強く現れています。

 

具体的に言えば、どんなに外側では自由を謳歌し、仕事や使命感を持って生き、友人たちが多く日々を忙しく楽しんでいたとしても

 

 

「ほんとうに愛するパートナーとの関係を構築できない」

 

「自分は本当の意味で誰とも違うのではないか」

 

「なぜか無力感がやってくる」

 

といった「この地上で生きるための根本的な基礎」のようなものが欠落している、という人が現代では多い。

 

「この地上で生きるための根本的な基礎」とはスピリチュアルな世界で言われる「グラウンディング」という観点よりも、1段階深くにあるものです。

 

個々人がどんなに地上に根を下ろしたとしても、それは葉が地面に根を下ろそうとするような感覚に近いものを私は感じます。

 

そこに木がなければ、根をはることはできません。

 

それはつまり、家系なくして、個人は基軸を持つことが難しい、ということを意味しています。

 

また私はここで、だから家を大切にしろとか、先祖を敬うことが大切だとか、ステレオタイプの先祖供養論をお伝えしたいわけではありません。

 

この先祖供養セラピーで取り扱いたいものは、私たちひとりひとりの「愛」についてなのです。

 

私たちの内面にある愛とは、間違いなく、家系の影響を受けています。

 

そして愛に意識のフォーカスを向けるなら、そこには両親を扉として、その向こう側に家系全体と体験と愛がぎっしりと詰まっているはずです。

 

私がここで取り扱いたい先祖供養セラピーとは、この「家系全体の愛」をどのように取り扱うのか、という一連の体系を指しています。

 

毎年、皆さんと集いワークを行うのですが、毎回違った深さと広がりがあり、一言で内容を書くことは難しいのですが、私が言えることは

 

「現代を生きる私たちに、生きる力を取り戻すためのプログラム」

 

であるといえます。

 

また昨年より、寺の本堂で開催しております。

 

650年続くこの寺の本堂で行うこのプログラムは、私がずっとやりたかった、最もベストな形で提供できていると感じています。

 

現地までは少し距離がある方もいらっしゃると思います。

 

しかしきっとそれだけの価値がある時間を皆さんと過ごせるのではないかと確信しております。

 

皆さんと今年も先祖供養セラピーの時間をご一緒できることを心待ちにしています。

 

 

※高源寺と株式会社ブッダプログラムは別団体です。そのためスクールでのワークショップを行う際には、本堂を「使用させていただく」というスタンスで、スクールより使用料を寺へ納めています。

 

 

【昨年参加された方のアンケートの抜粋】

 

🔸プログラムの構成とその精密さに、ただ唸るばかりでした。最初はやっぱり怖かったのだと思います。何が出てくるか不安。 そこを充分考慮した上で、無理なく少しずつ奥に入っていき、最後に全開放!! 心地良さしかありませんでした。

 

🔸とても素敵な空間と時間と仲間に出会えたことに感謝の気持ちで一杯です。心地よく、安心安全な場を作って頂けたことで、自分を解放でき内面へと向き合えました。アウトプットが苦手な私にとって、都度つどあったシェアの時間は、思考ではなく感じたままを言葉にする貴重な時間となり有り難かったです。

 

🔸他のワークショップを受けたことがなかったので内容についていけるか不安だったが、分かりやすい説明と充分な質問時間があり、理解が深まった。特に、魂意識・宇宙意識と潜在意識と先祖意識の違いがわかり、魂とその入れ物である身体へのアプローチの仕方が自分の中で整理された。また、リズムと呼吸を使ったワークはダイナミックで大きく癒しが進んだ。これは対面開催ならではでオンラインでは得難い経験だった。

 

🔸私と先祖は別物と思っていましたが、全て繋がっている体感を得られました。帰りのバスの中でも力が有り余ってて何で私こんなに元気なのだろう?と謎でした。

 

🔸ふとした時に、自分を責めがちだったり、居場所がない感覚に襲われることがあった。(現実はそんな状況ではないのに)家系を7代遡った際に、「生まれてはいけなかったのではないか」という思いを扱うことにした。母も同様の感覚を言っていたので、そんな母を幸せにできない自分をさらに責めるという状況だったが、ワークを通して母と私の境界線が曖昧だったことに気がついた。ある意味母を変えることが母の幸せに繋がると信じていたが、そうではなく母の生き様や経験することを信頼し尊重する、そこに必要とされればサポートする。という自分にとっての境界線が明確になった。 また「生まれてはいけなかったのではないか」という感覚は、家系の中に複数の水子がその存在を認知されないままきていることに繋がっていると感じた。2日目のワークでこれを扱い、癒しにつながっている。

 

🔸個人レベルで自分の内面に向き合う事は幾度としてはきました。しかし、家系全体を見渡し愛の滞りを認識することの重要性を学び、こ自覚の無かった家系からの課題「自己犠牲」に向き合えました。父が2年前に亡くなってから、母と過ごす時間が重荷に感じている自分がいて、その理由はわからないまま会うのを避けていました。それは、愛されたかった、承認して欲しかった子供時代の抑圧が影響していた事にも気付けました。私が今ここに存在しているのは、先祖供養の役割も担っていてこのワークショップに導かれたように思います。自己犠牲から始まった看護師の道、退職の決心をしてから様々な動きがあり、"あるがままに生きる"と心から言える事がとても嬉しいです。自分の在り方な根底に先祖供養があり、7世代が先を見越した生き方を意識して生活していきたいと思います。

 

🔸リズムと呼吸を使って身体からアプローチする方法は初めてで戸惑いもあったが、安心安全な場で行うことができてよかった。ここで、家系のブロックとなっている「生まれてはいけなかったのではないか」を扱い、イメージの中で江戸時代に親に遊郭へ身売りされた女性が出てきた。遊郭での人生、産みたくない子供のイメージがリアルに蘇り、そこにリズムがはまったので、その人の身体の感覚を追体験しているような状況になり、途中かなり混乱した。一緒にペアを組んだ方が察知頂いて、「エネルギーとしてだしたらいいよ」と誘導してもらったことで、呼吸に集中しなおすことができた。また個々につうりさんが気を配って調整してくれたので安心して進められた。 ワークを終えた後、家系の7代をさかのぼっ

たときに欠けていた人が複数浮かび上がってくるイメージがあり、流れの詰まりが取れて循環し始めた。

 

昨年の様子

 

 

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【募集開始】先祖供養セラピーワークショップ《現地開催》2026年3月7・8日開講

 

■家系のブロックを解放し、無限の愛の源とつながる

先祖とは既に死んでしまった人達のことではありません。
それは今、この瞬間も私たちとつながり続け、人生を動かしている「家系の血脈のエネルギー」のことです。

あなたが意識を拡大し、葛藤を解放してゆく時、心の内側に住む先祖たちと出会い、彼らと共に葛藤を解放することになります。
そして家系の流れの中心となる「祖霊」とあなたがつながった時。

その血脈が培ってきた本当の財産は「無限の愛の源」なのだと、あなたは知るでしょう。

このワークショップは
①  あなたの家系の流れとブロックを認識し
②  先祖たちの総体である「祖霊」の望みを理解し
③「祖霊」とつながり、エネルギーの滞りを解き放ち、生きる力として使っていくという2日間のワークショップです。

 

現代の日本に広がる西洋圏を中心としたスピリチュアルな教えで、「先祖」について重要視する教えは、それほど多くありません。また現代の日本の文化では、地域や家という役割から脱した一個人としてのアイデンティティが発達したため、「死んだ後は、墓ではなく、散骨を希望したい」などという声を私もよく耳にすることがあります。

私は寺に生まれ、僧侶となり、いわば先祖供養の臨床としての「生の」先祖たちとたっぷり関わってきました。また現在スピリチュアリズムの講師、アカシックリ-ディングやヒーリングなどの個人セッションを通じて、個人がどのようにブロックを解放し、統合へむかうのかというプロセスの現場で、これまたたっぷりと携わっています。そして既存の宗教と、スピリチュアリティの二つの立場から先祖供養の本質とは何なのかについて、30年以上の考察を重ねてきました。

 

その私が先祖供養に関して、たったひとつ明確にお伝えしたいことは
「こんな大きな財産を見逃す手はない…!!」ということ。

そのことを伝えたい一心で、この「先祖供養ワークショップ」を私は開催しています。

このワークショップでは、皆さんがよく知っている供養の習慣などの裏側にある、「実際、先祖や死者たちはどのように私たちと関わりがあるのか?それがどのように私たちに影響するのか」という観点から、私たちがどのように先祖供養という、大きな大きな財産を、現実に活かすことができるのかということについて、お伝えしています。ワークとして、実際に先祖や亡くなった方の意識とつながり、彼らが何を「本当の意味で望んでいるのか?」という本質を明らかにしていきます。また一日の終わりに、法要式の形式を使い、家系の滞ったエネルギーを解き放ち、無限の愛の源である祖霊とつながるワークを行っていきます(注)。

 

注:このワークショップの目的は、仏教の既存宗派の教えや、他の宗教の先祖供養の考え方や方法を否定することではありません。各々の宗派、宗教の先祖供養の方法を含んだ上で、新しい視点を提示する目的で行われます。

 

先祖供養セラピーとは?

あなたは「先祖供養」と聞くと、どんな印象があるでしょうか?
僧侶が行う法要式や経によって、先祖に感謝の思いを送ることでしょうか?
それともあなた自身が、亡くなった方々に思いを馳せることでしょうか?

私は先祖供養とは自分を知り、自分を解放していくための、誰にとっても必要なものとしてとらえています。またそれは私たちが日本人として生まれたことで、奇跡的に所有する事ができた大きな財産とも言えます。

先祖供養は決して、専門家でなければ行えないわけではありません。
そして先祖供養を行うときに、特別な才能や資格は必要がありません。
いくつかの大切なポイントを知り、先祖とは何かを理解し、そこで行うべきやり方ができるなら、あなたは自分自身で無意識の底に眠る、先祖という大きな財産を解放することができます。

 

この先祖供養セラピーとは、既存宗派の仏教の僧侶としての長年の経験と蓄積を基に、現代の数多くの心理療法やセラピーを含んで超えたかたちとして「家系全体」をテーマに理解を深め、ワークを行っていきます。

 

そして「家系全体があなたに何を望んでいるのか?」を本当の意味で知ったとき。
あなたと家系全体に「無限の愛のエネルギ-」が流れ、大きな癒しが起こります。

そのことによって、こころの問題や、家系的な疾患、経済的な問題などとして現れていた「家系全体として抱えるブロック」が押し流され、あなたを中心とし、家系がひとつの表現となる「自己統合」が起こるのです。

この一連のプロセスを私は「先祖供養セラピー」と呼びます。

 

※ 先祖供養セラピーは“齊藤つうり”が提唱する自己統合セラピー(療法)です。

■講座・ワーク内容
  • 先祖供養の基本は「愛のエネルギー」
  • 潜在意識は先祖意識とつながっている
  • 先祖意識に留まるブロックと解放の仕組み
  • 先祖の供養の本質は「あなた自身を生き切ること」
  • チベット仏教による死の四つのプロセス
  • 魂と受胎の関係性と詳細なプロセス
  • 四九日と十三仏の守護について
  • 家系と疾患の関連について
  • 水子供養と兄弟の縁について
  • ストーンサークルと祖霊信仰
  • 祖霊とは家系の中心にある愛の源
  • 先祖があなたに託している想いを知るためのワーク
  • 先祖・血脈が持ち続けている葛藤を解放するワーク
  • 疾患と家系の影響についてのワーク
  • 伝統的な法要式と読経の本質
 
■こんな方におすすめです
  • 心理カウンセリング、ヒーリング、ボディワーク等を行っている方
  • 先祖供養の本質を知りたい方
  • 家族関係で悩みを抱えている方
  • 感情や愛情の表現が苦手と感じている方
  • 自己肯定感や価値観についての問題を抱えている方
  • 身内や近しい人を亡くし、その痛みが残る方
  • 水子がいらっしゃる方
  • 家系全体が何かしら滞っていると感じている方

 

詳細・申込はこちら

 

 

村上春樹の『職業としての小説家』(新潮文庫)を読んだ。

 

そのなかで小説の内容として作家自身の体験をどのように活用するか、ということについて村上春樹は「ガラクタのような体験を組み合わせて、物語を組み立てるやり方」について書いていた。

 

80年代に公開されたスピルバーグの『E.T.』のなかで、E.T.が母船と交信をするために、倉庫のガラクタから通信機を作ってしまうというシーンがある。それになぞらえて、「他から見ればまったく大したことがない体験― 内面的なガラクタ―から、作品を構築することができるはずである」と村上春樹は言う。

 

彼自身、それ以前の作家が体験したような、戦争、壮絶な家庭環境、極度の人間関係といったものを体験していない。そんな自分が小説を書く際に何を題材にすれば良いのかがわからなかったという。


けれど、あるいはだからこそ、彼は自分自身が人生のなかで体験した、外から見れば全く大したことがないことを集め、組み立て、小説を書いた。というか、それしかできなかった。

 

初めはそのような個人的な体験は誰にでも響くものではなかった。しかし徐々にその価値は認められ、やがてその手法は村上春樹自身のスタイルとなった。また壮絶な体験から物語を紡ぐタイプの作家はそのことを書き終えてしまうと、次に何を書くべきかが見えなくなり、やがて筆を置いてしまうということも目の当たりにした。


それと対照的に、村上春樹はガラクタから組み立てていくという手法のために、長い期間にわたって物語を紡ぐことを可能とした。そんな内容が書かれていた。

 

私はこの「ガラクタを集め、組み立て、それを題材に発信する」というやり方に共感する。なぜなら私も同じようなプロセスをたどってきたから。

 

私の霊的な旅は16で父が亡くなったことからはじまった。


しかしながら、そこで体験したことは非常に個人的・内面的な出来事だった。外部から評価を受け、共感を得るようなことは何もない。誰かが当時の私を見たら、社会にうまく馴染むことができず、右往左往して道に迷っている若者だと映るはずだ。
けれど私自身が体験した価値は自分にしかわからなかった。


外から見れば何の価値も見出せないようなガラクタのような体験であっても、私にとってはどんな宝石とも比べることができない、ほんとうの宝がそこにはあった。


私がアカシックレコードを主軸にした活動を始めたのは30歳のときだった。外から見れば、まだまだ世間知らずで、人生の紆余曲折も知らない小僧だろう。


しかし私が一貫して行なっていたのは「外から見ればガラクタのように見える体験に光を当て、その価値を自ら見出し続ける」というやり方だった。


個人的な体験に直面し、そこで何が起こったのか、何を見出したのかを、あらゆる角度から見て、しつこく深めていく。
そうすることで、個人的な体験から普遍性へとつなげていく。
 

そのやり方はいまも変わっていない。

 

だからこそ私は言いたい。

 

何かをはじめたいと思う人。
これから何かを発信しようとする人。
いま確かなものがなくて、うまく表現ができない人。
なぜか広がらないという人。

 

自らのガラクタに目を向けよう。
 

誰かが見て、そこに価値がないと思うことであっても、そこにこそあなた自身の宝があるはずだ。

 

どんなに些細なことでもいい。
誰にも価値がわからなくてもいい。

感じたこと。好きな人。嫌いなこと。苦しかったこと。なぜか気になること。
 

中途半端で止まった趣味のこと。一流を目指したけどダメだったこと。

 

そんな「周りから見たらどうでもいいこと」にこそ、あなた自身の本質が隠されている。

 

けれど普通はそんなふうには思わない。

自分の中にあるより良いものを見出して、皆に評価されるものだけを自分だと思い込もうとする。

 

でもそんなふうに自分を扱っていくと、どこかで必ず苦しくなってくる。

無理をしている感覚がやってきて、息切れがする。疲れてくる。

 

その立ち止まっている原因は自分を偽っていることにあるのかもしれない。

 

だからあなたがこれから何かをはじめ、自分を表現していこうとするなら、私はこう言いたい。

 

自分の中の立派なものを見出してから何かを始めようなんて思ってはいけない。
仮にそれがうまくいったとしても、必ずその先に行き詰まる。
 

自分の中のガラクタを否定することは、自分を否定することとまったく同じだ。

自分から目を逸らしてはいけない。
外に価値を見出すことをやめなくてはいけない。
あなたのなかにあるガラクタを集め、宇宙へ発信しよう。

 

中途半端な知識でもかまわない。
やり遂げられなかった体験だって上等。
爪で顔をバリバリかきむしりたくなるような失敗なんて最高だ。

 

大切なことは偽らないことだ。
あなた自身の熱がそこにあることだ。
何者にもなろうとしないことだ。
見せかけの美しさよりも、エッジを超えた生々しい醜さの方がほんとうの命を持っている。

 

そんなあなたの発信は、すべての人の心を打つことはないかもしれない。
けれどもしその発信に共感した人がいたなら、その人とあなたは意識の深層にある秘密のルートを通り、出会うことができるのだ。

いまこの記事を読んでくださっているあなたと私がその場所でこうして出会えたように。

 

もう一度繰り返そう。

あなたのなかにあるガラクタを集め、宇宙へ発信しよう。

 

それは他の誰かではない、なれる最高の自分と出会うための発信なのだから。

 

ガラクタを集めて宇宙へ発信する【ブッダスクール通信vol.86】

 

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命に嫌われている


毎年、一年間のアカシックレコードの情報として、YouTube動画を公開している。

 

今年は「お金が消える一年」というテーマについて話した。

 

その内容のなかで「命に嫌われない生き方をする」というキーワードを使ったのだけど、この言葉には元ネタがある。

 

10歳になる息子が『命に嫌われている(カンザキイオリ・2018年)』という歌を最近気に入っていて、車での移動中ではこの歌を1曲リピート・無限再生でかけろ、と言われているのだ。

 

そんな契機で私もこの歌をしっかりと聴くことになった。

 

私は昔々、ギターと歌をやっていた。ボブディランのスタイル-どこにも属さずに、世界を外から観察する歌-に憧れた。

 

とりわけ詩をメロディに乗せることで、その詩の力を増幅させる、というやり方が好きだった。

 

そんな経緯もあって、私はどんな歌でも歌詞を聴く。

 

この「命に嫌われている」という歌の歌詞は、批判的で毒がありつつも、たしかに現代を生きる私たち(あるいはこの歌を聴く世代の人たち)の心の真実のようなものを捉えている。

 

(ここまで読んでみて、歌に興味を持った方はぜひタイトル検索をして歌を聴いてほしいと思う。その前提で以下を読んでもらうときっと文面がすんなりはいってくるはずだ。多くの歌い手が歌っているが私は「まふまふ」という歌い手が好きだ)

 

ざっくりと歌の内容を書く。

命を大切にしろ、という言葉はとても嘘くさい。

現状の私たちは、ネット社会のなかで、軽々しく誰かを批判し、死の呪いを簡単に吐く。

そして自分が死んでしまってもどうでもいいくせに、身近な人が死ぬのは困るという自己矛盾を抱えている。

どうすれば幸せになれるのかもわからず、過去や環境を憎む。

出会いの意味すらわからないので、本当の別れなど体験しているはずもない。

そんな私たちは命に嫌われている。

以上がこの歌の大まかな内容である。

 

まずこの歌の「命に嫌われている」という言葉に担わせたニュアンスが興味深い。

 

この歌で繰り返し使われる「命」という言葉は、個々人に宿っている「命」のことでもあるのだけど、歌全体を捉えてみると「宇宙全体に遍満する、全体としての命」という意味合いを持たせている。

 

それは西洋文化的な個人主義としての命ではなく、日本の自然観に基づいた命のとらえかたに近いように思う。

 

そのため歌で使われている「命に嫌われている」というフレーズは、言葉からシンプルに想像しうる「自分自身の命を大事にしていない」というニュアンスよりも、「自分を含む、宇宙全体に遍満する命の本質的な扱い方を私たちは忘れてしまっているのではないか」というテーマを伝えているように感じられる。

 

さて、ここからはアカシックレコードの今年のテーマの「お金が消える一年」と「命に嫌われている」という言葉の関係についてである。

 

すごくシンプルに物事を捉えてみると、私たちが生きやすい世界とは「命に嫌われない仕組みに基づいた世界」であるはずだ。

 

その逆に、私たちが生きにくい世界とは「命に嫌われている仕組みに基づいた世界」ということになる。

 

この「命に嫌われている」という感覚は、今後の私たちの方向性を示唆する大切な言葉なのではないか。

 

そうした意図から、今回はこの言葉を動画のなかで引用した。

 

著作家・コンサルタントである山口周氏は「高原社会での課題は「エコノミーにヒューマニティを回復させる」こと」とコメントしている。(引用元https://presidentstore.jp/category/BOOKS/002393.html

 

ここまでの歩みを進めてくる中で私たちの社会は、経済性から人間性を排除することで、その拡大を最優先にしてきた側面がある。

 

その目的は「安心安全に生きていくこと」にあった。

 

土地を確保し、水と食料を確保し、子供を安全な場所で育てる。

 

まずはそこが達成される必要があった。

 

そのような状態では人間性と経済性は両立が難しかった。

 

だからこそ、軸足を経済性へ置くことで、まずは社会の地盤を固めた。

 

そして、ある程度の段階を過ぎ、あるいはマズローの生存欲求の段階を通り抜け、私たちの集合意識は軸足を人間性へと戻しつつある。

 

現代のお金は人間性が排除されやすい構造を持っている。

 

なぜならシンプルな金額の数字には人間性は反映されないからだ。

 

しかし、そうした理由からこそ、未来の経済は、人間性が反映されたものへと近づいていく。

 

つまり「未来のお金」は、私たちがこれまでに知ってきた「お金」とは、まったく異なる様相を帯びることになるだろう。

そして私たちが知っている「お金」は消えていく。

 

一見すると、お金が消える世界や、人間性と経済性が両立する世界は、青年期の理想主義に満ちた夢物語のように映るかもしれない。

 

けれども、「お金が消えて、誰もが生かし合う世界なんて、現実を知らない人の妄想だ」と安易に信じてしまう私たちは「命に嫌われていること」にあまりにも慣れてしまったのかもしれない。

 

私たち日本の根底には「もののあわれ」という感受性に満ちた思想がある。

 

それは命とは固定的なものではなく、支配や所有できるものではなく、儚さやうつろいゆくすべてのなかにあらわれるということ。

 

そしてその命を支配や所有ができないからこそ、そこに美しさがあり、心が動かされる。

 

だからこそその命には直接名前をつけることをしてはいけない。歌などの比喩・間接表現でしか命をあつかってはいけない。

それがもののあわれの本質だ。

 

私という人間はとても多くの問題を抱えているし、そのことで随分と周りの人たちは苦労してきたと思う(たぶんいま現在もそれは続いている)。

 

それは私という人間の基本的な構造の問題でもあるのだろうし、幼少期や過去世の問題もそこにはある。

 

その上で私がもしも自分の人生として大切にしてきたものを挙げろと言われたら、私は「命に嫌われない生き方」を選択してきたと言いたい。

 

私がこの世界に対して、あるいは社会で働く人々に対して、一番違和感を抱える点は「経済性と人間性は両立できない」ということを、なぜそんなに簡単に受け入れてしまうのかということだ。

 

私はいま48歳であり、中年と呼ばれる年齢となった。寺を離れ、社会に出て、会社を立ち上げ、活動をし、いまでは寺の運営と地域にも携わり、二つの法人を経営している。

 

もちろん経験としてはまだまだであり、まったく足りない面もあるし、組織としても小さいし、現状としては失敗だらけだと思う。

 

痛い目もたくさん見てきたし、「裏切り」と一般には呼ばれる行為を受け、傷ついた経験もある(性格上、立ち直りは早いのだが)。

 

自分がもっと優秀だったなら、周りの人たちはここまで迷惑を被らずに済んだのではないかと、心から謝罪したい場面は、今でも毎週のようにある。

 

けれど私は「命に嫌われる生き方」を選んでいない、という点においては一貫している。

 

そして経済性と人間性をどうやって両立できるのかを日々模索し続けている。

 

その上で、私は確信している。

 

お金が消えた後、私たちは再びこの「もののあわれ」の感覚に戻る。

 

命とは管理ができるものではない。

 

同時に、私たち自身も誰にも所有される存在ではない。

 

命の扱い方そのものが、社会の中心に置かれる時代が来る。

 

移ろいゆく世界の中で、何に心を動かされ、何を大切にしたいのか。

 

その問いを一人ひとりが引き受けるとき、経済は単なる仕組みではなく、人間の生き方そのものを映す場へと変わっていくはずだ。

 

そして、もしも命が管理され、支配されるなら、私は真っ向からそれに立ち向かうだろう。

 

命は役割でもなければ、数字でもない。

 

命には名前をつけることすらできない。

 

管理された命や、名前のつけられた命は、偽物だ。

 

命に嫌われた世界は、滅ぶ。

 

そして、もし私たちが今、命に嫌われているのだとしたら。

 

どうすれば「命に嫌われない道」を歩むことができるか。

 

その問いを、目の前の一歩として引き受ける必要があるのだろう。

 

 

【ブッダスクール通信vol.85】斉藤つうり特別コラムより

 

 

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【限定開催】自己表現とセルフパワーのプログラム

1.セルフパワーを発揮し、自己表現を解放するための齊藤つうり個人セッション
2.アカシックリーディングによる、セルフパワーを発揮するための衣服デザインの作成(作家による一点制作の衣服)
3.その衣装を纏って、江ノ島にて写真撮影(※)

これらの内容を通じて、これまで思ってもみなかったあなた自身のセルフパワーに気づき、自由に解き放ち、新しいスタートに踏み出すことを意図した特別なプログラムです。
 

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恒例の長田先生との八ヶ岳新春初登山✨

今年の八ヶ岳はとても穏やかで、軽やかに駆け上がる。

これがなければ一年は始まらない!

というわけで、今年はやりたいことしかやらないぞ✨✨✨と2人で話したのでした✨

 

 

 

 

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年始のアカシックの情報を今年もお届けします。

 

 

 

 

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