今週には、わが愛妻の誕生日があります。
そして1月早々ドライブに出かけたお気に入りの女の子も、
なんとまったく誕生日が同じ。
この誕生日が同じだということが、
女の子も私も親近感を持ったひとつのきっかけではあるのですが。
妻とは夜のディナーのために山下町のレストランを押さえたけれど、
まさかそこに女の子も呼ぶなんてことは出来ないし(笑)
もちろん愛人なんかじゃないから私は気にしなくても、
いくら心の広い妻であっても、自分の娘と同世代のコを友人に持つ夫を
果たしてどう思うのか?
実際、娘とはひとつ違い。
いっそ、昼の部、夜の部とふたコース用意するか。
と、懲りもせず不埒なことを考えています(笑)
いよいよ3歳クラシックの(トライアル)が始まります。
3週にわたり開催されるレースで、『桜花賞』『皐月賞』も見えてくるのでしょう。
かつて2004年の牡馬クラシックにおける話題のヒーローは、
北海道競馬のコスモバルクでした。
あれから10年 またこの春ちょっと気になったのは、
実質同じ馬主の プレイアンドリアルでした。
しかし、「ただいま故障中」だとか。
それでもJRA50周年と60周年という節目に、
主催者は何かを持って「同じことを繰り返す」のでしょうか?
コスモバルクが「偉かった」のは、しっかりと中央の500万特別を勝ち、
(特指)馬齢G3 『ラジオたんぱ杯2歳ステークス』(当時)も勝って、
(指定)馬齢の『弥生賞』に参戦したことでした。
いわゆる「手続き」がメインルートだったわけです。
ここが、プレイアンドリアルと違うところですが。
そうして(サクラスターオーメモリアル)開催の『弥生賞』 では2番人気に推され、
2着のメイショウボーラーに1馬身以上突き放し見事1着になり、
堂々と優先出走権を手に『皐月賞』へ向かいました。
(トウショウボーイメモリアル)開催『皐月賞』 では
単勝2,4倍という栄えある1番人気になりましたが、
10番人気だったダイワメジャーの前に『弥生賞』でメイショウボーラーにつけた
1馬身4分の1をそのままお返しされて2着に敗れたのでした。
ここでコスモバルクが10番人気の馬に屈したことが、
ひとつの「ミソ」であり演出だったはずです。
JRAのクラシックを、たかが地方馬が勝つことは決して許さないという、
主催者の鉄の意志が働いたのだから。
それはあのオグリキャップが1番人気で3度挑んだ古馬最高峰のひとつ
『天皇賞・秋』を勝てなかったことと何も変わらないものです。
それでも2着という堂々の優先出走権で臨んだ(ミスターシービーメモリアル)開催の
栄光の『東京優駿』 でもファンは見捨てず、勝ったキングカメハメハに次ぐ
2番人気になりました。
そしてとうとうコスモバルクは13番人気キョウワスプレンダや、
15番人気 スズカマンボより遅れ、
1着とは1秒2離された8着に終わったのでした。
「JRA50周年の部」 「JRA60周年の部」
はたしてそこには、どのような共通項があるというのか?
まず今夜は、今回と同じ特別レース編成をしていた2012年を手がかりに、
『弥生賞』出走予定馬から、1頭の馬を選んでみようと思います。
では、また。