シリーズ『天皇賞・春』 4 | turferの馬券セオリー

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JRA競馬は「競馬番組」により厳しく管理されている。
着順まで決められているなら、
あとは何を買うかではなく、どのように買うか。

これこそが、馬券のセオリーなのです!

王者は、
自身の力を誇示するため、弱いものを従える。


『天皇賞・春』


この、古馬の頂点に立つ「最強」馬は、
まるで召使いのような家来を横(同枠)に置き、
その「強さ」を周囲に認めさせるのです。


なんの話?


弱い馬とは、たとえば、
前1年に1600万条件を勝ちあがってきた馬とか、
「弱者救済」的ハンデ戦で賞金を上積みした馬。


あるいは、前1年にまったく賞金を加算できなかった(してこなかった)馬たちです。


そんなこといったって、
あの テイエムオペラオーは、2001年で単枠だったじゃないか。


そうさ、マンハッタンカフェにしても、
4枠にただ1頭の枠だったゼ。


たしかにそのとおりでした。


テイエムオペラオーが1度目に勝った2000年は、
同枠に ジョーヤマトという1600万条件のハンデ戦勝ち馬がいました。


続く 『ダイヤモンドステークス』という、
やはりハンデ戦で2着になってきた馬です。


この ジョーヤマトは前1年をハンデ戦のみで賞金を加算した「弱い馬」でした。


しかし翌年は、たしかにテイエムオペラオーは単独枠で「家来」はいません。


どういうことだ?


2001年、テイエムオペラオーは、
前走の 『産経大阪杯』を4着に敗れていました。


勝った馬は トーホウドリームという9番人気。


この馬、その2走前に1600万のハンデ戦を勝ちあがってきた馬でした。


そんな「弱かった」馬にコンマ3秒(約2馬身)もの差をつけられ4着となったのです。


つまり、テイエムオペラオーはこのとき、
自身が「弱い」馬になり下がっていたのです。


マンハッタンカフェの場合、
『弥生賞』で権利取りに失敗し、
春のクラシックを断念。


その3歳夏は条件馬として 
『阿寒湖特別』という1000万ハンデ戦を勝ちあがった
「弱い」馬としての経歴があったのでした。


過去の出馬表を見るがいい!

偉大なる? 春の天皇賞馬には同枠に必ず、
「弱い」馬がひれ伏していたことを知るでしょう。


「決して例外は認めない」


ならば、
単勝1倍台は必至の ゴールドシップ。


彼が王者に就くことを許されるならば、
「例外なく」「弱い」馬が腰を低くしてお伴をするはずです。


では、また。