だんだん、今も毎回見てます。

でも、最近はちょっと…という感じが。

登場人物すべてがフレキシブルすぎるように思うのです。


はじめ、めぐみが看護師を目指すのをやめて介護福祉士の道に進もう!と決めたとき、

介護福祉士にスポットライトを当てる新しさ!?

介護福祉士の独自性のようなものが語られる!?

…と思ったのですが、違いましたね。

最近ではめぐみは、いったん介護福祉士になった後で働きながら看護師を目指したいと言ってます。

介護のことがわかる看護師さん、看護のことがわかる介護福祉士さんというのはもちろんあっていいと思いますし、むしろ望ましいと思います。めぐみはそんな人になりたいということなんですかねぇ。

でも、介護のことや、めぐみがなぜはじめに介護福祉士を選んだのかをよく表さないままなので、

ふらふら過度にフレキシブルなように感じてしまいます。

(ちなみに、介護と看護は近いところと、それぞれの独自性とがあり、協働するものなのだろうと思います。)


そもそも、めぐみものぞみも、歌や介護福祉士、祇園のことをどう思ってるんでしょう。

石橋さんも、医師をめざすのをやめようを思った動機もなんだか弱いといえば弱いですし、

音楽をあきらめざるを得なくなったとはいえ、今度はやっぱり医師に。大学は卒業してたんですね。

みんなを巻き込んでおきながら、自分だけ、資格は強いね、石橋さん(五・七・五)です。

みんながみんな、フレキシブル。

人生そんなもの!?、私も夢を追って生きたい!とは思いますが、

しっかりと描いてほしかったです。


…とはいえ、結局どうなるのかも気になりますし、松江も(松江ロケは減りましたが)一応出てきますし、

最後まで見ると思います。


今日の「だんだん」、サリーミュージックの石橋さんなかなかいいこと言ってましたね。

挑戦できなかった夢がどうとか…というせりふ。

やったことに対する後悔よりも、しなかったこと(または、したかったけどできなかったこと)についての後悔のほうが大きい。実際やったら生じる不利益も知らないので余計に…

…というようなことを何かで読んだことがあります。

人間、人生、誰でもそんなもんともいえますが、いいこと言うね、石橋さん。見直しました!?


今日の石橋さんは、そんな自己啓発系に感じられたんですが、

自己啓発系といえば、今期、「だんだん」のほかにいつの間にか毎回見ているドラマは「夢をかなえるゾウ」と「アグリー・ベティ」です。

「夢を…」は時々うるさすぎるかな?と思うときはありますが、ほんと、自己啓発系ドラマ。

特に小栗旬版は、ぼんやりしてるなぁ、私…と、さめざめ涙してしまいました。

水川あさみ版も、私も素直に生きられたらいいなぁとしみじみ。

神様の課題&指摘は実は分かっちゃいるけど的なことですが、それでいいんだよと肯定してくれているところに意義があるんですかねぇ。

「アグリー…」も似た要素がある気がします。

実際の人生はドラマのようにはすんなりいきませんが、ポジティブに生きたいものです。


あ、「だんだん」もよくうるっときます。主に家族愛の面で。

ちなみに、今後、のぞみと健太郎がきょうだいとしてどうとか、という話はあるんですかねぇ。

今のところ、きょうだいなのにその点スルー気味なので触れてほしいです。


ではでは。

学生時代に島根県にいたことがあるんですが、

かなり長い間いたものの、「だんだん」という言葉を人から言われたことは一度もありませんでした。

知人から、こんな方言知ってる?という感じで教えてもらって意味は知っていましたが。

でも、家族は近所の商店などでときどき聞いていたとのことです。

もしかすると、「だんだん」と言う言葉は若い人の間ではあまり使われなくなっているような、

少し懐かしい方言なのかもしれません。

連続テレビ小説「だんだん」はその保存と普及の効果ありそうですね。


そんなこんなで(?)、朝ドラ「だんだん」、実は毎日見てます。

松江市民はそんなに松江城や出雲大社に行かんやろ~などと突っ込みつつ。

でも毎日見ていた風景などが出てきて、やっぱり懐かしく感じます。

(最近は主な舞台が京都に移ってしまいましたが。)

こんな感じでこのドラマ、島根で局地的に高視聴率だったりして。

それに、島根は最近立て続けに映画の舞台になったりでちょっと注目の場所ですしね!?