正月一日に能登半島を震源とする震度7の大地震が起きた。各地の被災状況がTVから流れ、その中に見覚えのある風景が多くあった。

 

 三年前に私は能登半島を旅した。金沢でレンタカーを借りて羽咋、輪島、珠洲、七尾と半島をぐるりと一周。ちょっと慌ただしい一泊二日の旅だった。宿は人口2万余の小さな街、輪島にとった。

 

 夜、街中に出て「のと吉」という居酒屋に入った。テーブル席は地元の客で賑やかだった。カウンター席には女性が二人。私はそこから離れて座り、地酒を飲みながら新鮮な魚料理を楽しんだ。

 暫くして、「旅行ですか?」と年配の女性から声を掛けられた。人懐っこそうな表情のその女性は、私と同い年で来年古稀を迎える。二年前に夫を亡くして広い家に一人で暮らしている。寂しいだろうと、近所に住む娘が時々こうして飲みに誘ってくれるという。

 「茶飲み友達でも作ったらどうですか…」と気遣うと、笑いながら「友達は女も男も沢山いる。みんなが心配してくれる。輪島は小さな街だから昔から助け合って生きている」と返された。「近所の親しくしていた奥さんが最近亡くなったので、私もその旦那さんに時々おかずを作って届けている」とさりげなく言った。

 娘さんはふっくらとした顔立ちの肝っ玉母さん。輪島の海産物を東京方面に卸している。ジャンパーを脱いで私に背を向けると、赤いTシャツには「〇〇商店」の染め抜きが見えた。

 彼女は「朝市にも店を出しているから明日来てくださいね」と微笑んだ。輪島は良い処…と母娘そろって自慢する。心底この土地に愛着を持っているようだった。

 

 被災地では道路が寸断されて救援物資が十分に届いていない。食材をみんなで持ち寄って炊き出しをする輪島の人達の様子が、TVに映し出されていた。朝市通りの周辺は無残な焼け野原になっていたが、あの母娘は今どうしているだろうか。思い出すのはあの時の二人の屈託のない笑顔だ。

 

写真 輪島の朝市(2021.10.16)