「私は『こういう綺麗な人になりたい』って思って



篠原さんからバッグを買ったのよ!」




石川さんは私が相手では不満足だったのです。



(ごめんなさい)




私は頭の中が真っ白になりながら、



ホテルの人ごみの中で篠原所長を探しました。




幸運なことに、接客を終えた篠原所長が宝飾コーナーから



コーヒー券を持って歩いてくるのが見えました。




(よかった)




「篠原さ~ん!」石川さんが甘い声を上げます。




「あら石川さん、いらっしゃい」



所長はバイクでお客様廻りをする行動派。



今日もシンプルなパンツスーツに大ぶりダイヤの指輪でした。




篠原所長と石川さんが少し話をした区切りで



私はローズクオーツの話を伝えました。


私が宝飾コーナーに連れて行くために

席を立つと

篠原所長は座ったまま納得した顔をしました。

「ああ、あれね。」



篠原所長も若者向けで



手頃なローズクオーツに目をつけていたのです。


エリア営業所総合売上トップ、



顧客数、所員数ともにNO.1の篠原所長は


顧客の年輪層も幅広く商品知識も違いました。




(篠原所長なら売れる。)




私は確信して、



篠原所長の話術を



この目で見れると心躍りました。




「石川さん…」



篠原所長は真剣な目をして腕組みをし、



大きい声を出しました。




「買いなー!」




(えええ?そ、それだけ?)




「う~ん、でもねぇ、やっぱり」



石川さんのつぶやきを遮るように



篠原所長はポケットからジャラッと金具を出しました。




「あれ、指輪もあるじゃない」



なんと、それは宝石屋さんが使う


指輪のサイズを計るリングの束でした。




(リングゲージ!持ち歩いているなんて)




所長は石川さんの指に、



次から次とリングをはめて計っていきます。



(そうか、指輪だけだと安い)



圧倒的な篠原所長の迫力に押されたのか、



石川さんが辛そうに初めて本音を言いました。




「今日は…洋服見るだけだから」




私は売る側なのに、


ドキドキして石川さんと篠原所長を見守るだけで


何も言えませんでした。




「そう」




ためいきをついて篠原所長は石川さんから離れて



柔らかく微笑みました。





「でも、似合ううちに…つけた方がいいよ」




この時、同級生の石川さんと私は驚きのあまり、



見つめあいました。




八年前、私と石川さんは「たるみ」はおろか、



固定したシワは1本もありませんでした。




40代の篠原所長は


美容部員らしく綺麗で若々しい方でしたが、


痩せた首に数本の線が入っていました。



(似合ううちに…)


十歳近く上の篠原所長の台詞は




「自分も年をとる」ことに鈍感な私達に




急に「若さ」という巨大な砂時計を



逆さに立てられたような危機感を与えました。




(確かに。

繊細なバラとピンク色の


ローズクオーツのネックレスは



皺のない若い胸元にこそ似合う。)



篠原所長の短い言葉は


自分の年齢になったら遅い。


着けたいと思っても


似合わなくなってしまうよ、


という捨身の説得だったのです。




「今」しかないと。



お客様と自分の年齢差をも武器にする



篠原所長一流の話術は




石川さんだけでなく私の心も揺さぶりました。(つづく)