ターボ

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24時間じゃ全然足りない。

24時間で十分だ。

時と場合によっていずれも思いうる。

 

足りない時は大抵、何かに追われ、何かを追い、タスクを引いても終わるそぶりも見せない。

そんな時。

 

十分な時は大抵、物事の繰り返しを陳腐に思い、幾ばくかの快楽や惰性に身を委ねる。

そんな時。

 

よくわかんねえけど、足りない方がいいよ。

仕事なんて楽しいことばかりじゃないけれど、嫌でもやらざるをえない時がある。

生きていくためには必要だ。

 

それでも俺は欲深く、

「〜たい」

「〜たい」

「〜たい」

と次から次へとやりたいことがあるもんで。

 

サボることも休むことも怠けることも大事。

それでもそればかりじゃ退屈なんだよ。

退屈は至極飽きる。

 

少しの怠惰と、その他すべての欲望が生きていることを実感させ、俺であることを許すわけだ。

 

止まってる暇なんてないよなあ。と。

 

誰かが言った、

「若かりし頃の苦労は買ってでもしろ」

正直意味がわからなかった。

苦労なんて感じないで手に入ればそれに越したことはない。

 

けれど最近思う。

この苦労って、罵られることや、失敗を指しているんじゃない。

きっと

「体力のあるうちに、借金してでもひたすら動きひたすら学びひたすら思い全てを叶え身に付けろ」

ってことなんじゃないかなって。

 

欲望の多くは金がつきまとう。

ないと必然的にブレーキかけざるをえないことが大半だ。

それは俺に限ったことじゃなく。

 

身にならない散財ならばやめた方がいい。

けれど、行うことで今後の人生に、自分にプラスになるのならば、動ける若いうちに身につけた方がいいということ。

そしてきっとその時にこしらえた借金なんて、たいした金額でもなく、人に迷惑かけないならば、後でなんとかすればいいと。

 

そういうことじゃないかと。

別に借金してるわけじゃないけど。

 

金がないから、時間がないから

で自分という個を制限するのは勿体ないと思うんだよ。

今は体が動くけど、思考に体がついてこなくなることはいつか必ず来るから。

そんな時に「あの時は」なんて惨めな思いしたくないのだもの。

 

「前しか見えない目玉をつけて、どこへ行くのかどこへ行くのか」

どこへでも行ける今、沸々と沸く欲望に素直でいたいだけ。