旧別子の歩き方 ~産業遺産を尋ねて~ 18 劇場跡1 | わたしの 畑

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旧別子の歩き方 ~産業遺産を尋ねて~ 18 劇場跡1

劇場跡の案内板は一番奥にあります。
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土木課(劇場)と山林課の案内板です。
劇場と言うのは無くて 土木課が祭事の時などに
劇場として使われたようです。
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大正3年の火事で焼失 
 新居浜史跡と名勝206ページ
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明治23年別子開坑200年祭当時の小足谷劇場
36m×18mの大きな物であった。
入り口は上流のほうに正面玄関が谷側に二ヶ所見える
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案内板辺りからみた劇場跡。
半分から向こうに建っていたようです。
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下流方面から見たところ
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階段です。今もしっかり残っています。
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段数は38段 
巾 役6m 下から上まで同じ広さです。
高さが9.3mありました
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御影石などではなく山中から堀だした
平らな石で造られています
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明治20年 開坑200年祭の記念撮影です。
広瀬宰平 住友のトップ友忠氏など60人が写っています
一番前の子供は 光村利藻 当時12歳
明治31年20歳の時に伊庭貞剛より別子銅山の撮影を依頼され
写真師2人を派遣 24歳で 光村印刷を設立
今でも その時のネガが残っていたのでしょうか 
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平成23年1月 鮮明な写真として光村印刷から
出版されました。
また小学校で使われている国語の教科書は
光村印刷の関連会社 光村図書から発行されています。
広瀬宰平・伊庭貞剛に可愛がられただけのことはあった。
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我々も 記念撮影
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上から見下ろしました。高さを感じます。
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廻り舞台の跡。
写真では分かりづらいが 丸く掘れています。
舞台の広さは18mと記載されている書物がありましたが
建物の大きさが18mなので どうかな?
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