別子銅山-旧別子-地図2
別子鉱山全山測量係作製地図と言うのがある。
別子銅山(住友)が明治35年から明治43年
にかけて作成した地図だ

別子銅山(住友)が明治35年から明治43年
にかけて作成した地図だ

大日本帝国陸地測量部よりも5年も早く出来上がっている
陸地測量部は5万分の一ですが
別子銅山は6000分の1だからとても詳しい。
地図は全部で私の計算では59枚と思われる。
陸地測量部は5万分の一ですが
別子銅山は6000分の1だからとても詳しい。
地図は全部で私の計算では59枚と思われる。
その中の1枚の旧別子あたりの地図が 広瀬歴史記念館に
たまに展示されることがある。
住友関連の本に掲載されることもある
「フランス人鉱山技師ルイ・ラロック著別子鉱山目論見書」
2部の巻頭に印刷されているのが最も詳しい
たまに展示されることがある。
住友関連の本に掲載されることもある
「フランス人鉱山技師ルイ・ラロック著別子鉱山目論見書」
2部の巻頭に印刷されているのが最も詳しい
伊藤玉男さんの本「明治の別子」の中に
明治中期の別子銅山の地図がある
この地図が詳しいのでよく利用させてもらっていますが
この地図も別子鉱山全山測量係作製地図の引用です
明治中期の別子銅山の地図がある
この地図が詳しいのでよく利用させてもらっていますが
この地図も別子鉱山全山測量係作製地図の引用です
この旧別子あたりの地図以外 あと58枚もあるのですが
まだ印刷物でも見たことがない。
まだ印刷物でも見たことがない。
貴重な資料と思うが
住友鉱山さん 公開してくれませんか?
住友鉱山さん 公開してくれませんか?