別子銅山-旧別子-上部鉄管道③
探訪日 2011/11/12
探訪日 2011/11/12
10:51 土管発見
山ぎわが土がえぐれたのだろう
土管が現れている

山ぎわが土がえぐれたのだろう
土管が現れている

地表からの深さは30cmぐらいでした。


割れた土管の上流側の土管を見つけようと
土を掘ったのですが発見出来ません。
せめてスコップぐらい持ってこないとダメですね

土を掘ったのですが発見出来ません。
せめてスコップぐらい持ってこないとダメですね

下部鉄管道と同じように石垣も見あたりました。


谷にでましたが土管が見あたりません。
もちろん鉄管もありませんでした。
山村文化4号の34ページで著者の高橋幹氏は
「上部鉄管道を歩いて気付くことは、下部鉄管道の沢渡し
に使われている鉄管が、全く見られないことである。」
とあるように下部鉄管道で見たような鉄管が見あたらない
その理由を
「伊藤会長が答えてくれた。上部鉄管道では鉄管は使わ
ず、木樋を使っていたというのである。木樋は長い年月の
経過の中で朽ちはて、やがて土に返っていったのだろう。」
伊藤会長とは伊藤玉男氏の事である。

もちろん鉄管もありませんでした。
山村文化4号の34ページで著者の高橋幹氏は
「上部鉄管道を歩いて気付くことは、下部鉄管道の沢渡し
に使われている鉄管が、全く見られないことである。」
とあるように下部鉄管道で見たような鉄管が見あたらない
その理由を
「伊藤会長が答えてくれた。上部鉄管道では鉄管は使わ
ず、木樋を使っていたというのである。木樋は長い年月の
経過の中で朽ちはて、やがて土に返っていったのだろう。」
伊藤会長とは伊藤玉男氏の事である。

11:23 見落としそうだが土管です。
右と左の土管の色が違います。

右と左の土管の色が違います。

掘り出して見ました。
1本の長さが61cmあります。ジョイントされているので
もう少し長いのですが見える範囲の長さです。
連結部分はセメントでまいています。

1本の長さが61cmあります。ジョイントされているので
もう少し長いのですが見える範囲の長さです。
連結部分はセメントでまいています。

その付近に平地がありました。
ビンや缶が散乱していましたが 缶の字が読める位ですから
最近のものですね マグロの缶詰でした。
最近と行っても20年か30年前でしょうか。
山師の番小屋の跡と思われます。

ビンや缶が散乱していましたが 缶の字が読める位ですから
最近のものですね マグロの缶詰でした。
最近と行っても20年か30年前でしょうか。
山師の番小屋の跡と思われます。
