なりわい と暮らし
山暮らしにいって、何をやるのかというと、
周りに合わせて、家庭菜園を始め(周りはおおむね農業)
ありとあらゆる種類に挑戦して次々、結実させた人も知っている。
其の作品というか、野菜をたくさんもらって、迷惑した面もある。
まあ、あまり忙しくて、これといった趣味を持たなかったから、
趣味が農業ごっこになったのはまあ良いでしょう。
ちょっと、広すぎたから、作りすぎたのでしょう。
病鴻毛に入る、って、こう書くのかな。
なんか違う。 ともかく、山に言っては、暖炉なんか
燃やしても良いのだろうか。森に名指した産業と歯なんかないのかね。
豪雪地帯でも、雪を片しながら、工場は稼動してることだろうし、
シベリアの冬は、カムチャッカの冬は、といった、煙突の煙が象徴的な
原風景は、農業を基幹とする山里の冬景色ではない。
米の適さないところに、田園を築いたことは、近世近代の持続的な
国策だったという。ゆえに、飢饉も起こった。
過疎の山村の今後の政策は、郵便局だけのテーマではない。