漱石の生家の裏にナツメがあった。
ナツメの実は、・・
野口英世生家跡は、生家を保存しつつ記念館になってる
が、
夏目漱石生家跡は、確かにある種のマップではおよその位置が
わかったが、夏目坂の下の右の角から上へ3軒目の路地を
入って、すぐ突き当るようだ。上りで左側へ入るのだ。
「僕の昔」という談話の筆録のような作品に生家の位置が
書いてあるのだが、その辺のその頃の地理を言われてもわかりにくく、
なんとなくわかってきたのは、一度、現代の観光案内のマップを見ておいたからです。
そこは、今どういう人の住処になってるか、・・わかりませんが、石碑ぐらいで、
記念館はないようですね。『僕の昔』では、長男が住んでいるのではなく
すでに人手に渡っていた。さらに、もうなくなってるかも、と言っている。
地下鉄東西線早稲田を出るとすぐそこなので、
行ってみましょう。何気なくね。ご近所の手前、静かに潜行する、泥棒じゃないんだが。
騒がないことで。幼・少年時代から東大入学まで、そこにいたのではないでしょうか。
五男坊で、生後すぐと、2回養子に行ったようであるが、それはちょっとの間であって、
生家一帯で、腕白小僧をやってたようである。
生家からの夏目坂の向かいの路地の奥に寺があり、手前にも墓地があったのではないか、
と、現代の状況から考えられる。
夏目坂を降りきって左へ、高田馬場方面に向かって少し行くと、
左に穴八幡神社があり、途中右側に、
松本順、陸軍軍医総監の屋敷があったと述べてある。
小学の同級生の名前が出てくる。学校はどこにあったのだろうか。
区立牛込小学校は、夏目坂を上がって、途中で左に行くのだが、
明治初年はどうだったのか。ともかく、駆け回っていた町並みが、
想像し難いのだが、想定範囲は明らかだ。どこまで行ったか。
この前、放送されたTVドラマでは、(原作は、鏡子婦人
「漱石の思い出」)食いしん坊漱石とのことだった。