書籍、
ザ・マネーゲームから脱出する法
読了。
途中から、
あー、これはダメだー
と思いながら読んでいた。
感謝することは素晴らしい。
日々に感謝できたらいいなと
私も考えている。
その時に、心は穏やかだ。
全てに感謝するための
一捻りというか、
これは、工夫なのだろうか。
全て創作物だと考えたら、
CGのようなものだと思えば、
これほどリアルなものはない、
だから、すごいと思うし
感謝できる、と。
確かに…けど、そうなると、
以前はホログラムの中に
暮らしてはおらず、
本当の世界にいて、
しかもそれを記憶していて、
その世界のリアルに
限りなく近い!
と比較できるからこそ、
初めて、凄いと
思えるんじゃないのかな。
最初からこのホログラムしか
知らないんだったら…
凄いも何も、比べようがない。
単純に、
ホログラムでなくたって
自然は素晴らしいし、
造形物の作者は
必ず居るのだから、
(この世の理、法則性やシステムで
気候変動は起こり、
生き物は変化し続けて居る)
それに対して、
ただ凄いね!と思えば
良いのでは…
いや、そのことを
言ってるのだろうか。
私は創造主たる
神そのものであるから…
これまでは、
もう少し控えめに、
私は世界の感覚体のひとつだと
考えていた。
(いまもそう考えている)
私の右の指先の感覚は
そこにある細胞が感じて、
今こんな状況だよ、
と教えてくれる。
同じように、
世界中全ての生き物が
宇宙の感覚器官なのでは
ないのかなと。
数年前、農家の友達から
初めてロマネスコをもらった時、
こんなフラクタル構造が現れる
野菜って美しいな!と感動した。
繰り返しが美しいのは、
小さな子供の
髪の毛のうねりも
同じだ。
整った筋肉も美しいし、
朽ち錆びついた
海辺の小屋も最高だ。
この世界は美しい連続に
溢れて居る。
そのプログラミングは
確かに神の御技だろう。
連綿と満たす法則性の中で、
粛々淡々と世界は動き続ける。
人工知能みたいに、
サイコロ振った確率次第で
進化の形は変わる。
世界は流動的だ。
私は感じ続ける。
ザ・マネーゲーム…には
あえて苦痛なものほど
感覚に飛び込み感じる、とか、
ホ・オポノポノの
ツールを使って、
クリーニング!を
思い出したのだけど、
道具を使って、
力を取り戻す、というのは
まさにゲームのようで
絶え間なくて忙しいことが
推進されている。
ステージがあがると、
強い敵が現れる!というのも
恐ろしい。
しかも、幻と言いながら
結局、セミナーやら
方法をビジネスにしてるし。
きっと一部できちんと、
真実は語られている、
だけど、何かが歪んで感じる。
とはいえ、
1日目に決めたルールは、
ただ素直にやってみること。
感謝する。
そして、自分の
本来の力を思い出す。
まずはそこに
フォーカスしよう。
さて。
これも直感で、このまま
ニュー・アースを読みます。
なんだかんだと
書きながら…
自分の変化はたった丸3日で
感じてはいます。
安心して精神世界のことを
かける場所をもてたことは、
大きな安定を生んでいます。