どんな君でも僕が受け止めるから。

どんな君でも僕が受け止めるから。

気ままに小説書こうと思います٩(。•ω•。)و

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桜の木の下には、死体が埋まっている。
この話が妙に頷けてしまうのは、
きっとあまりにそれが妖艶なまでに儚く
美しいから。



なら、睡蓮の下には可愛い女の子が埋まっている事も、頷いてしまうだろう?



君は緩やかに流れる小川に浮かぶ睡蓮に
そっと触れた。




「…そうだね。」





水面が微かに揺れる。

見渡せば、底が見えるくらいに澄んだ小川と、少し古びた小さな橋。
その周りを一面の花畑が包み込むような、
なんとも幻想的な風景が広がる。




「元気にしてた?」




眉を下げて、君が笑う。




「…どうなんだろうね。」




「わからないの?」




「…うん」




わかんない、わかんないよ。
そのくらい、君と別れたあの日から
私の時間は止まったかのように白くて、
どこまでも無で溢れていたから。




「そっか。」




膝を抱えた私の隣に座り、素足を水にさらした。
真似してみようと、そっと川に足を伸ばしてみる。




「駄目だよ。」




緩やかで、鋭い声がそれを止めた。
ふと見上げると、君が笑っていた。


怖いくらいに、穏やかに。



「ねぇ」




大きな手のひらが、私の手を包み込む。





「やだ、嫌だよ。」





次の言葉は、言われなくてもわかっていた。
君のそんな顔を見てしまったら言わんとすることくらい、わかるんだ。




「はやく、帰らなきゃ。」





やだ、止めて言わないで。





「君はここに居ちゃいけない。
まだ、ここに来ちゃ駄目なんだ。」






諭すように、ゆっくり語りかけるその声がやけに何度も頭の中を渦巻く。





「嫌だよ、ここに居たらずっと一緒に
居られるんでしょう?」




ぎゅっと、強く君の手を握る。
ほら、君はこんなに近くにいるのに。




「僕はもう死んだんだ。…だから」
「それは私のせいでしょうっ…?」





遮るように、自分の声を重ねた。
滲む涙を必死にこらえて、君の瞳を見据える。



些細な喧嘩だったのだ。
同棲を始めたばかりで、帰りが遅いとか、
そんな些細なこと。
「別れる」
なんて思ってもいない事を並べて家から
飛び出した
私を探す途中で君は交通事故で死んだのだ。






「どうして、どうして」




みんな私を責めないの

息子を失って、死ぬほど私が恨めしいはずなのに
彼の両親は私のことを心配をしていた。
泣きはらした目で、

「貴方は悪くない」

なんて言いながら。


私のせいで死んで、許せるはずがないのに

君の携帯の画面には私宛に

『ごめんね』

の文字が、送信されることなく残っていて。





「そんなの、誰も君のせいだなんて、
思ってないからだよ。」



温かい手が、私の両頬を包む。




「違う、ちが、私のせいで、わたしが、きみを、ころ」


「本当に言いたいことは、なに?」




川の流れが、止まったような気がした。
凛としたその声だけが、辺りに響く。




「そんな事を言いたいんじゃ、ないんだろう?」




喉の奥が、ツンとして心にずっと住みついて、離れなかった言葉たちが溢れる。




「ごめん、ごめんね、ずっと、ずっと
謝りたかったの。
本当は、もっと一緒に、いっしょにいたかった、
わかれたいなんて、思ってないの。」


すき、すきだよ、いまでも、ずっとすきなの




「…うん、うん。」




壊れたように繰り返す私を、君の両腕が優しく、
そしてつよく、つよく抱きしめた。






「もう、いいよ。ありがとう。」




君が微笑む。
全てを包み込むような、優しい笑顔。





包んでいた君の体温が離れていく。
とん、と優しく背中を押された。




「このまま真っ直ぐ進んで、光を目指すんだ、いいね?
君はまだ生きられる。幸せになれる
未来があるから。」




もう、きっと会うことはないだろう。
その予感は不確かでいて、きっと確かなものだった。





「絶対に、後ろを振り返っちゃいけないよ。そこにはもう、君の知ってる僕はいないから。」






今度は強く、背中を押された。
あぁもう時は近づいている。


「最後くらい、わがままを言ったって、
許されるかなぁ。」




歩き出した私の背中に、震える声が届く。





「僕もずっと、ずっと、君の隣にいたかった。

君の隣で、生きていたかったよ。」




振り返りたい衝動を
溢れ出す嗚咽を
唇を噛み締めて堪えながら
前へ、前へ足を進める。


視界がぐらりと揺らめいて、
意識がだんだん遠のいていく。








「───愛してる」







微睡むなかで、最後に届いた言葉はなんて
温かくて、切なくて、儚くて
そして



残酷なんだろう。




「───私も。」





きっとこれは、いつまでも私達を縛り付ける言葉。
でも良いんだ。これでいい。






「───君はまだ、睡蓮になっちゃいけないよ。」