先週末から昨日にかけて
私にとって大切な存在の
命が終わっていくところを
見届けました。
少し前まで元気だったのに
あっという間に旅立ってしまいました。
生きているって当たり前じゃないのですよね。
限られた命の時間の中で、
限られた出会いの中で、
出会って、お互いを思い合っている
気にかけている
それって当たり前じゃなく、
奇跡的なことだって思います。
知らせを受けて駆けつけた後の帰り道で見た月
息を引き取った時は、
やっと苦しみから解放された、と
ホッとしました。
父が亡くなった時も
母が亡くなった時も
昔飼っていた猫が亡くなった時も
私は、自分にとって大切な存在が
息を引き取った時は
「苦しみから解放された、良かった」
と思います。
もちろん、悲しいという気持ちも
さみしいという気持ちもありますが
ホッとするのです。
これが突然の死だったら、感じ方も
違うのかもしれません。
苦しみながら死へと向かう姿は
見ているほうも辛いけれど
でも、その姿を見せてくれている
命が終わっていくところを見せてくれている、
という大きな愛も感じます。
息を引き取る前に
想いを伝えることもできたし
骨も拾うことができて、よかったです。
骨を拾いたい、と思う気持ちって
自分にとって特別な存在だからこそ
湧いてくる気持ちだなって思います。
昨日の遅い時間、大きな地震もあって
なんだか、命について考えさせられます。
自分にとって大切な存在を大切にする
私にとって、大切にするって
どういうことだろう?
そんなことを考えています。
--------------------





