いきなりお堅いタイトルですが、私という人間が、ここで今後どんなにふざけた事を書こうと、本質的にはこれが示すように、頭の固い、融通の利かない朴念仁であることの証明なのです(意味不明)。
それはともかく、当ブログは、私が、
「こ・・・こいつは本物or一流だ・・・」
と、見定めた事々ついて、一方的に褒めちぎる、あるいは貶し倒す事を趣旨としています。
なにをもって本物・一流とするかといえば、答えは簡単明瞭。
『主観』
です。
私は、百姓の傍ら東洋哲学を学ぶ者として、人生の基本的スタンスは
『中庸』
であることを是としています。
どちらにも偏らない、、ヤジロベエの中心のような、バランスのとれた状態が最も良いとしているわけです。
しかし、こと、アートやエンターテイメント、食べ物への自分なりの評価、自分の趣味趣向については、あくまでも主観的で、極端に言えば
『振りきれている』
方が良いと思っています。
良いモノは良い、悪いモノは悪いと、誰からの意見でなく、自らの考えで言い切ってしまった方が良いと思うのです。
かつて、学生時代の友人とドライブしていた時、彼のカーステレオからは人気歌手の最新のヒットチューンばかりがかかっていて、私はその友人に問いました。
「おまえ、このアーティスト、好っきゃナー」
「いや、別に好きちゃうよ」
「・・・? じゃあ、なんで聴いてんの?」
「いや、みんなが聴いてるから」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
なにそれっ?!
みんなが聴いてるから? じゃあ、おまえはみんなが死ねゆーたら死ぬんか?!
じゃあ、死ね!
それでなくても社会という名の人間関係の中で、好き勝手できないで生きていくのが人の性なのに、趣味や趣向まで『みんな』の言いなりって、どーユー事?!
おまえみたいなモンがおるから、世の中から戦争が、虐殺が無くならんのじゃ!
消極的殺人が後を絶たんのじゃ、ボケがっ!
・・・なんてことは、本人には言ってはいませんが、私はこの類の無主張というか、唯々諾々人間というか、
「とりあえず、当たり障りの無い感じで、イイんじゃね?」
という人間が、血を吐くほど嫌いです。
死ねばいいと思います。
こういうことは公の場に書くべきでないなんて人がいますが、どうせ私が言ったってこんな奴らは死んだりしないのですから、どこか私の関係ないところで生き続ければいいのです。木偶人形のようになっ!(アミバ)
ちょっと(?)余談になりましたが、こういった「これくらいでイイんじゃね?」的な、バランスという名の当たり障りのない姿勢が、昨今のアート、エンターテイメント、食に至るまで、蔓延しすぎていると、私は思うのです。
アートにせよ、エンターテイメントにせよ、食にせよ、その他何にせよ、感性に訴えかけるべきモノというのは、『感動』があってナンボのはずなのです。良くも、悪くも。
モノの良し悪しというのは、受け手の感性にもよりますし、常に100点を目指すことが必ずしも良いことだとも思いませんが、なにかしらの『感動』があるか無いか、そうさせようとする姿勢があるか無いかというのは、作り手側の問題であり、
「50点でイイじゃん」
なんて言っているような奴の作ったモノに、感動なんてあるはずがないんだ
馬鹿野郎っ!
はぁ・・・はぁ・・・(息切れ)
またちょっと話がそれましたが、なんにせよ、
「良いモノは良い、悪いモノは悪い、うまいモンはうまい(鶴瓶)」
という姿勢が、明日の文化と人間社会を健全にしていくと私は信じて疑わないので、このブログでは、他人がどう言おうと俺はこう思うんだ・・・が?(弱気)という事々を書いていこうと思うのです。
そんな訳で、よろしく俺にチューニング!(古い)