スポーツ好き、スポーツばか | つまり野池田信夫研極会

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私は、大学に入学すると、名簿が1番だということで、自治会委員ということになっていた。真面目に自治会の会議に出ていると、活動家というレッテルが貼られていた。大学が学園封鎖される中、陸上部で必死にトレーニングに明け暮れていたのが、大学生活の中心だったのに。成り行きで、抗議の座り込みをする羽目になり、機動隊に両腕を抱えられ排除されることになり、同級生、教授、陸上部員等から抜けるよう説得された。実をいうと、米を持って行くと安く泊まれる山形大学コーボルトヒュッテに泊まり込みスキーに明け暮れ、正真正銘のスキーばかだったのだが。その後も、スキー、水泳、ボール運動、ランニング等、スポーツを中心とした人生だった。
結婚する時、妻の身内に対し、私が活動家だという話をした人がいたそうだ。当の私は、その時期、スキーに夢中になり、ヨーロッパアルプスの山々で、憧れのバックカントリー滑走にエネルギーを注いでいた。事の真偽は別にして、噂や一度付いたレッテルで人生を左右する間違った扱いを受けることもある。世の中はかくも恐ろしきものなりの実体験でもあった。私にとっては、スポーツが、最も重要事項だった。そのため、早期退職までやってしまった。スキースクールでインストラクターをしながら、トップスキーヤーの技術に接した時、至上の喜びを感じたものだった。その後、黙々とトレーニングを積み、スキー滑走の技術を会得したと思っている今が、一番、充実しているようだ。