マヤ文明の終焉:マヤパン遺跡 その1の続きです。

 

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今回は、マヤパンで一番巨大な建造物である

ククルカンの神殿(ピラミッド)をご紹介します。

 

前回も説明した通り

マヤパンは、チチェンイッツァのミニチュア版といった感じで

チチェンイッツァにある建物のコピーみたいなものが

一箇所に集中して建てられています。

 

例えばチチェンイッツァだったら

ククルカンのピラミッドと、天文台はかなり離れていますが

マヤパンの場合は、

目と鼻の先にあります。

 

右側にあるのがピラミッドで

その左には天文台みたいな円形の建物がありますよね?

 

全景を見ていただくとわかると思いますが、とにかく全ての建物が

密集していて、一箇所にギッチリと建造されている感じです。

 

こちらがマヤパンの現在一般公開されている部分の地図になります。

これを見ても、いろんな建物が、密集しているのがわかりますね。

 

ククルカンの神殿(ピラミッド)は、

赤い四角で囲ったところにあります。

 

形は、まさにチチェンイッツァの

ククルカンのピラミッドと同じですが

ちょっと高さが低くなっています。

 

チチェンイッツァのピラミッドよりも

修復されている部分は少ないですが

現在でも上まで登れるので、

遺跡全体を見渡すことができます。

 

こちらが北から見たククルカンの神殿

 

西方面から見たククルカン神殿

 

チチェンイッツァの場合は、戦士の宮殿(円柱がいっぱい立ち並んでいる建物)と

ククルカンのピラミッドは少し離れていますが

マヤパンでは、ほぼ直結しています。

(マヤパンでは、この柱が並んだ宮殿は、「王たちの広間」と名付けられています。)

 

Googleの衛星写真で見ると

位置がわかりやすいかもしれません。

赤い四角で囲ったところが

円柱が並んでいる部分です。

 

だいぶ崩れていますが、「王たちの広間」には

円柱がいっぱい建っていたのがわかります。

 

こちらが最も修復が進んでいる西側の階段です。

ここが一番上りやすいです。

 

ククルカン神殿の上から、西側の円柱部分を見たところ

 

こちらは北西側を見たところ

 

北側を見たところ

 

北東側を見たところ

 

天文台のある東側を見たところ

 

南東を見たところ

 

東側の階段はこんな感じ。

ほぼ修復されていないので、

昇降はちょっと怖い感じです。

 

ククルカン神殿の脇は

このような段差になっています。

 

北側の階段も

ほぼ修復されていません。

 

当然ですが、

建設された当時、石が剥き出しだったわけではありません。

 

チチェンイッツァのククルカンピラミッドもそうですけれど

マヤの建造物というのは、基本的に

石壁の上に、白い漆喰が塗られ

その上に壁画が描かれていたのです。

 

その漆喰が全部剥がれてしまったので

石が剥き出しになっていますが

これが当時の姿だったわけではないのです。

 

それを偲ぶことができるのが

このマヤパンのククルカン神殿の

面白いところでもあります。

 

実は、ククルカン神殿の南東の角には、

漆喰が残っているんです。

この屋根の下です。

 

 

屋根の下には、このような漆喰の壁面装飾が残されています。

 

真ん中には人の形をした模様があり、

脇には鳥みたいなのがいますね。

 

こちらも、長い杖を持ったような人の模様が描かれています。

 

こちらにも人が描かれています。

 

こんな模様で

ピラミッド全体が覆われていたかと思うと

すごいですね!

 

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そして、ククルカン神殿の東側には、

別の宮殿が続いていて、そちらにも壁画が残っています。

 

神殿の東側の階段のすぐ脇に

円柱に囲まれた宮殿があります。

屋根で保護されている部分です。

 

横から見ると、ククルカン神殿にくっつくような感じで

建てられているのがわかりますね。

 

全体を見るとこんな感じです。

 

 

この屋根の中を見てみると、こんな壁画が残されています。

当時の漆喰と彩色がそのまま残っています。

 

青と赤が綺麗ですね!

 

 

 

 

 

 

 

当時の壁画が残っているなんて

ロマンを感じますよね!

 

マヤパンにはここ以外にも壁画が残っている場所があるので

それについては、次の記事で紹介していきます!