クッチは思わず目を奪われた。花畑は、荒れ果てた家とは対照的な美しさ。

「綺麗ですね…」クッチは感嘆の声を漏らした。村人はうなずき、「ああ、ここだけは奴のこだわりなんだ。毎日、丹精込めて花を育てている。

まあ、カーネーション好きな母親ヘの弔いかなんか知らんけど、それに村には、古くからカーネーション畑には花を守護する土の神 "ハニヤス" が居るという言い伝えがあって、


ハニヤスは、夜になると畑を巡り、害虫からカーネーションを守ったり、土にフローラルの妖精を送り込んだりして、カーネーションの成長を助けているそうだ。

便トレーのお袋さんは信心深い人だったからハニヤスに好かれてたのかもしれませんよ。だって言うのに、そのお袋さんを死なせちまうなんて」と村人は唇を噛んだ。

クッチは花畑を眺めながら、便トレーについて考え始めた。村人たちからは嫌われている彼だが、この美しい花畑を見る限り、優しい一面も持ち合わせているかもと。

クッチはバーの言葉を思い出す。どんなモノでも、今見えている姿がそのモノではないんだ。

「あの、便トレーさんはお休みしているのかもしれません…もう一度、ドアをノックしてみませんか?」クッチは村人に提案した。村人はうなずき、再びドアをノックした。

すると、今度はドアが開き、中から便トレーが現れた。便トレーは村人たちのように真っさらな落とし紙ではなく、使用済み感が半端ない風貌で、鼻糞をほじりながら出てきて手鼻をかんだ。

目は充血していて一見すると、いかつく不潔な印象。しかし、男の目はクッチと村人を見ると、少しだけ優しさを帯びた。

「…なんだい?」男は低い声。

クッチは自分の鼻をつまみつつ、男に深々と頭を下げ、「こんにチは。私は旅人のクッチデス。アブナイトㇳというコウブツについて、お話を伺いたいと思ィ、訪れました」と言った。

隣りで聴いていた村人は「いっこく堂か!」と思った。

続く。