あるところに、頭を雲の上に出す程高い高い、誰にも手の届かない塔で暮らす、王子様がいました。



王子様は、幼い頃に両親を亡くし、一人で王国を治めていました。彼は優しく賢い王子様でしたが、その高貴な身分ゆえに、誰にも心を開くことができず、孤独な日々を送っていました。

ある日、王子様は塔から抜け出し、王国を散策することにしました。彼は、いつもは見ることのできない民衆の暮らしを垣間見たかったのです。

王子様は、森の中を散策しながら、心を癒していました。野花を摘んだり、小鳥のさえずりを楽しんだりしていると、突然、激しい嵐が吹き荒れ始めました。

王子様は、近くにあった小屋に逃げ込みましたが、そのあまりの激しさに、その場に倒れてしまい、気を失ってしまいました。

気がつくと、王子様は、塔の上。しかし、彼は、自分が見た最後の夢から一万年が経過しているとは、夢にも思いませんでした。

王子が戸惑っているところに、一匹のゴキブリが這い込んできました。ツンと気取ったフェローチェによると、王子様は一万年眠っていたのです。その間に、科学技術は急速に発展し、

その一方で、環境破壊や資源枯渇などの問題も深刻化。そして、ついには戦争が勃発し、大地は荒廃してしまいました。

生き残った人々は、ゴキブリのような姿フェローチェに変異。ゴキブリの姿になることで、環境の変化に適応し、生き残ることができたのでした。

王子様は、ゴキブリの話を聞いて、ショックを受けました。そして、この世界は僕の届かない世界になってしまったと絶望しました。

この様子を見たフェローチェは王子様に暖かい言葉をかけましたが、王子様は「優しいだけの言葉は要らない」と言いました。


フェローチェはそれでも、「王子様、あなたは孤独ではありません。世界はあなたで溢れています。

なぜなら、大災害が起こった時、全ての人々のDNAが汚染される中、あなたのそれだけがクリーンだったからです。

生き残っていた科学者たちは、あなたのDNAとゴキブリのDNAを掛け合わせ、私達を誕生させました。そして、私達は繁栄しました。

あなたは、私達の救世主です。私達は、あなたの血を引いています。あなたはもう、孤独な王子ではありません。ありがとうございます。」と、フェローチェは言いました。

王子様は、塔の窓辺に立って街を見下ろしました。肩を寄せ合うゴキブリ、急ぎ足で歩くゴキブリ、オヤツを食べているチビゴキブリ。眼下に広がっていたのは平凡な景色。


そして王子様は思いました。自分は王子でも、ましてや救世主でも、特別な存在になりたかったのではない。なぜ、どんな時代に生きても、ささやかな幸せは、自分から遠いのだろうと。

しかし、目の前の光景を眺めているうちに、王子様の心は少しずつ変わってきたようでした。

「短い一生でも、このゴキブリ達は、自分達の力で幸せを掴もうとしているんだ」

そう気付いたとき、王子様は胸に熱いものを感じました。

「今はそれがどんな事かは分からないけれども一万年生きた自分なのだから、自分の幸せは自分の手で掴もう」と。

王子様はゴキブリたちの細く震える触覚に馴染めるだろうかと怯えつつも、高い塔から降りて行きました。