それはずっと以前、私が医師になって1年目の時のことでした。

当時大学病院で頭頚部の担当をしていた私は先輩の医師と顔面神経麻痺後遺症の患者さんを診察していました。

 

90歳近くの女性で右顔面神経麻痺を患い治療を行いましたが、残念な事に重い後遺症が残ってしまいました。

右側の顔が動かず、またご高齢の為か全体的な反応も乏しく認知症の内服をしている状態でした。

 

顔面神経麻痺の後遺症に対してボトックス注射治療の説明を先輩医師と行った際、家族の方は「おばあちゃんはもう年だから(顔が引きつれていても)仕方ないです」とおっしゃいました。

それでも先輩は、その女性に最後まで真摯に説明しました。

 

1週間後治療の意思を確認する診察の場で最後に本人さんが「やります」と小さな声ですが答えました。

家族の方はしぶしぶといった感じで納得されボトックス注射治療を行いました。

 

麻痺の後遺症は著明に改善され顔のひきつれは無くなって来ました。もちろん定期的なボトックス注射をしていく必要がありますが、それからしばらく経って外来に来たその女性は見違えるほど若くなりました。

 

お化粧をして、おしゃれをして認知症の内服をしていたあの「おばあちゃん」の姿はどこにもありません。

先輩は私に言いました。「石原、あの女性はおばあちゃんじゃないんだ、レディなんだよ」

 

美にはすばらしい力があります。

 

外見だけでなくその人の内面まで、性格や自信まで改善する事ができるほどに。

 

その力を少しでも皆さんに伝えることができたらいいなと思って診察しています。